■ グラハムから離れたい

近付いてくる碧色の瞳から逃れたくて、咄嗟にその肩に手を置いて力の限り押し退けた。瞬間に不愉快だと言うように眉が顰められ、私の両手は男の手によって呆気なく捕えられる。それにより先程阻止した距離は、今度こそ男の考え通りの位置にまで移動した。目と鼻の先なんて言葉があるが、その通りの距離で、あまりの近さに急速に心臓が動くのを感じる。良い意味での動悸なんてものではない、それこそティーンの様な恋愛で生じるもの等では決して。これは恐怖や畏れからくるものだ。


「何故私から逃げようとする」

「離れてください、エーカー中尉。必要な接触だとは思えません」

「なら答えてもらおうか。簡潔に、この後の業務にも差し障りがないように」


嗚呼これだからこの男は嫌になる。私が何か彼にとって不愉快な事を言ってしまえば、ビリー・カタギリにしわ寄せが行くことになるだろうと思われる。それは流石に申し訳ない、というか上司である技術顧問に下らない事で手を煩わせたくはなかった。そう考えての言葉はあまりにも感情のこもっていないそれだった。


「親しみのない男性と話をしたくないだけです」

「酷いことを言う。親しくなろうとも、私を見ては直ぐに行方を眩ませるだろう」

「…答えは出しました。離れてください」

「なまえ」


中尉の手にあまり力が入っていなかったのも幸いして、思っていたより簡単に碧色から逃れることが出来た。呼び止めるような声を無視して、早くラボに戻ろうと震えそうになる足を叱咤しながら床を蹴る。
避けられていることを承知の上で接触してくるなんて、面白がっているようにしか思えない。気を引きたい訳でもなんでもない、あの碧色に見られていると思うだけで逃げたくて堪らないのだ。


「なまえ、私が我慢弱いのは知っているだろう」

「私が貴方の事を知っている風に言うのはやめて頂けませんか。貴方の事はユニオン軍所属のモビルスーツパイロットであり、階級は中尉であること以外存じ上げません」

「だから、」


不穏なその気配に振り返り、私の腕を掴もうとしていたその手を咄嗟に払い除けた。少しばかり虚を突かれたような顔をする中尉に息が漏れる。本当にやめてほしい。この人の傍にいると酷く息苦しく感じて、震えそうになる体を必死に抑えなければいけない。この人の存在こそ私にとって業務に差し支えが出ていると思う。口にする事は絶対に出来ないけれど。
払われた手は所在なさげに宙をかいて、諦めたように体の横へと下ろされた。伸ばされない事に安心して、一定の距離を保ったまま中尉を見上げる。


「私は貴方の事を知りたいとは思いません」

「…嫌われたものだ」

「いいえ、近付きたくないだけです」

「私は君のことを知りたいのに?」

「名前も所属も分かるでしょう。調べれば、何処の生まれかだって分かります」

「業務的なものではない。ああ、そうだな」


苦笑するその様も容姿が整っている分、似合っているとは思うけれどだからと言ってそれに釣られるかといえば首を横に振る。困ったような顔をする中尉に嫌な予感がして、踵を返そうとして失敗した。捕らわれた腕を引かれ、私の体は瞬く間にその腕に囲われ悲鳴が零れそうになる。碧色が覗き込むように私の目を捉え、逃がさぬようにか拘束は強い。


「君の好みの男性のタイプぐらいは知りたい」

「あ、なたじゃない事だけは、確かです…」

「なら私の事を好きになってくれるまで粘ろうか」

「我慢弱いのなら諦めてくださいっ」

「長引くなら、行動あるのみだな?」


腰を抱く手とは反対の手の甲がゆるりと内腿を滑るその感触に肩が跳ねる。話を聞かない上に、強引過ぎるその態度には本当に泣きそうになった。


2018/03/11