■ 勘違いされる仗助

放課後の帰り道の途中で、私は運命の出会いをしたのである。これは今世紀最大の運命の出会いと言ってもいいだろう。いや、冗談じゃなくて。
いつもの公園の傍を歩いて帰る時偶然にも見かけたのだ。一目見て素敵すぎるっ!と感極まって泣く事は無かったが数秒動けないでいたのは確かだったはずだ。私は恐る恐るこちらに背中を向けいるそれに近付いて顔を覗き込んだ。スヤスヤと眠るその表情に写真を撮ろうとした私は悪くない。生憎今日は携帯を忘れてしまったので残念な事に記録に残すことは出来なかった。
しばらくその様子を口許が緩んだ状態、つまりニヤけたままで見ている事おそらく三分。それはうっすらと瞳を開いた。
綺麗な青い瞳、真っ黒な毛並み、しなやかな肢体、頭の上にあるその存在を主張する二つの耳、そして気分のままに揺れる尻尾。大きな欠伸を一つしてこちらを見上げるそのつぶらな瞳に、私は先程よりも更にニヤけた。素晴らしく気持ち悪い笑みだと思った。
そう私は猫が大好きである。彼氏いない歴=年齢の私はもういっその事猫と付き合えと友人に言われる程に猫好きである。日課である猫カフェでは既に常連さんで、店員さんとも仲良しだ。常に膝の上に猫を乗せて、その毛並みを堪能しながらの店員さんとの猫談議はもう日常とも呼べる。猫はいい、リリンが生み出した文化の極みだ。
そんな私は稀に見る毛艶が整った黒猫に魅了され、公園の隅の方でその黒猫の毛並みを撫でていた。ヤバイ超可愛い、ゴロゴロ言ってる。なんで私は今日に限って携帯を持ってこなかったのか、ほんとに悔しいどころの話じゃない。泣きたい。そんなことを考えながら黒猫を撫でているとこちらを見上げてにゃおんと鳴いた。


「にゃおん」


誤解しないで欲しい。あまりにも可愛すぎるものであるから私も思わず返事をしただけなのである。なので言葉の意味なんて伝わってこないし、向こうも私が何を言っているのかさっぱりだろうと思われる。それでも答えるように首を傾げてまたも鳴いてみせる黒猫に、私はもう自然と口が動いているのだからどうしようもない。可愛いって罪だ。いやでも許すよ。猫最高。


「にゃおー」

「……可愛いッスね」

「にゃー…?っ!?」


突如聞こえてきたくぐもった声に反応が遅れ、慌てて振り返ればそこには顔の下半分を手で覆い隠してこちらを見下ろす東方仗助くんの姿がそこにあった。くぐもって聞こえたのは手で覆っていたかららしい。何だってこんなところにいるんですか!


「違う誤解なんだ東方くん今のは何かの間違いだ消せ今すぐ東方くんの記憶から消せ」

「あー、ばっちり記録済みッス。こればっかりはなまえの頼みでも消せねー」

「なんてこったい」


東方くんは私になにか恨みでもあるというのか。確かに私はオープン猫ラブではあるが、あんなデレデレした気持ち悪い顔でにゃんにゃん言ってるところを見られて恥ずかしくないわけが無い。しかも同級生だ。同じクラスだ。恥ずか死ぬ。


「別に気にしねーぜ?」

「私が気にするんだよ馬鹿。馬鹿、今すぐ忘れろ」

「ンな事言われてもよぉ…」


困った風に笑う東方くんはそれはもうイケメンさんだけど私は激おこプンプン丸なのだ。忘れるまで許さない。大人しい黒猫を抱きかかえて「忘れろー」と呪文を唱える。ああ、猫可愛い。めっちゃこの猫大人しい。可愛い。
私が猫の可愛さにぷるぷる震えていると、東方くんもぷるぷる震えていた。そうかそうか、東方くんも猫の可愛さに気付いたのか。なら、さっきの事は許さないでもない。いずれ東方くんもにゃんにゃん言うようになるのだ。私のようにな!


「可愛いなぁ」

「うん、猫可愛い。東方くんも猫好き?」

「ああ。好きだぜ。可愛くて愛でたくなるよなぁ」

「分かるよその気持ち!」


黒猫をジーっと見て、私に視線を上げた東方くんは優しそうな笑顔で言う。おうふ、さすがイケメン。キラッキラだね。
伸びてきた大きな手のひらを甘んじて受け入れる黒猫はゴロゴロと気持ちよさそうな声を上げている。ひいいい、可愛いいい!


「なんて言えばいいんスかねぇ。ちっせぇ体を撫でてぇとか、一緒に遊んでやりてぇとか」

「うんうん、すごくよく分かる」

「抱き潰したいッスね」

「ごめん分からない」


ホワッツ?どうしてそんな猟奇的な感じになった?え、東方くん猫をそんな歪んだ方向で愛してる感じ?え?マジで?流石に私はそんな感情はなかった。めっちゃ綺麗な感情で愛していた。
首を傾げてえ?と何度も聞き返す私に、東方くんは暫く黒猫を撫でてからへらりと歯を見せて笑った。


「冗談ッスよ」

「え?え?」

「もう暗くなるから帰った方がいいんじゃあねぇか?」

「え、あ、はい」


徐に立ち上がった東方くんに続いて、抱き上げていた黒猫を降ろして立ち上がる。
このなまえ、猫を愛して早十何年。猫好きだけどちょっと歪んだ方向で猫を愛しちゃってる同志ができた。コイツはやべぇ!ヤンデレの臭いがプンプンするぜ!(猫に対して)


「なまえも猫耳似合いそうッスねー」

「猫を馬鹿にしているな!?猫耳を装着なんてそんなモン、アニメのキャラクターしか許されないんだよ!」

「ふーん?まあ、なまえが猫になったら飼い殺してやるけどなー」

「……んんん?」

「なんも言ってねぇッスよ」

「そっか」


何だか恐ろしいような言葉が聞こえた気もするけど、いつも通りに笑うから聞き間違いだと納得させる。とりあえず早く猫カフェに行って癒しを堪能しようと思う。


2015/08/23
全くもって危機感ねェなぁ