■ みえている大谷と石田
「吉継様、吉継様。どちらにゆかれますの?」
パタパタと廊下を走り、見慣れた包帯巻きの男の足元に駆け寄る。見上げた視線の先で何とか見える両目は白黒反転している不思議なものだけれど、私はそれに見られるだけでとても安心するのだ。その両目が困ったように細められ、私の頭を少し躊躇いがちに優しく撫でるものだからむず痒くなる。
「やれ、なまえ。部屋で待っておれと言ったであろ」
「何処にゆくかきいてません」
「遠くは行かぬ。茶でも持ってこようかと思ってな」
「でしたら私もまいります」
「そうか、手伝ってくれるか」
良い子よ、と頭をゆるく撫でる吉継様はきっと私に嘘をついていた。けれど私はそれに対して追及しなければ、何も言わない。吉継様は優しい人だから私を傷付けぬようにそう言ってくれたんだろう。…軍議なら私も我慢しなければいけないけれど。
丁寧に包帯を巻かれたその手のひらを握れば、いつでも解けそうな程緩く緩く握り返される。だから私が代わりに強く握れば、上からヒヒッと引き攣り笑いが聞こえた。
「なまえは聡い子よ。どうれ、部屋に戻ればかるたでもしよう」
「本当?あ、でも、ちゃんとてかげんして下さいね?」
「ヒヒヒッ、さてどうしようか。なまえは強いからなぁ」
「そういって、この前もその前も吉継様が勝ちました!」
「やれ、老いぼれにはとんと覚えがない」
態とらしく首を傾げる吉継様に、両頬を力いっぱい膨らませれば肩を揺らして笑う。終いには膨らんだ頬を指先で押し潰してきて、空気の抜けた口からは「ぷふっ」という何とも言えない音がして更に笑い声は増した。
「なまえ、貴様また刑部に迷惑を掛けているのか」
「わっ、わっ!?三成様!」
「ヒヒッ、気にするな三成。なまえは我の相手をしてくれているのよ」
「ふん、こんな幼子に刑部の相手が務まるのか」
「おろしてくださいー!」
背後から両脇を持ち上げられ、体は容易く宙を浮く。聞こえた声は三成様のもので、くるりと器用に宙を浮いたまま反転させられ三成様のお顔とご対面した。言葉は厳しいけれど表情は怖いものではなく、かと言って近寄りやすいとは言い難い無表情である。暫く見つめあうこと数秒、無言のまま床に下ろされ、目線を合わせるように屈んだ三成様に頭を撫でられた。三成様はよく分からない。
「素直にはなれんか」
「黙っていろ刑部」
「三成様もお茶をのみましょう。体もあたたまります」
「私にそんな事をしている暇はない」
「今日の執務は終わっておるだろう。三成や、付き合え」
吉継様の言葉に渋々と、本当に渋々と言うようについてきてくれる三成様。眉間の皺が凄いことになってる。
二人の手を繋ぎ挟まれる形で廊下を歩いていれば、真っ赤な戦装束を羽織る槍使いの男と、目を何度も瞬かせている迷彩柄の忍者様が庭先でこちらをじっと見ていた。はて、確かあの二人は。
「真田様と、猿飛様がいらっしゃいます」
「ああ、報告する事があると本人自ら来た。刑部、あの二人が探しているのはお前だ」
「…やれ、三成。もっと早く言いやれ」
ため息をこぼす吉継様に、三成様は「忘れていた」と何ともまああっけらかんと言い放つので、私は少しだけ笑ってしまった。こんなに楽しいのは何年ぶりなんだろうか。
2018/01/09
「…ねぇ旦那、あの二人誰と喋ってるか分かる?」
「某にはあの二人以外誰も居らぬ様に見えるが…」