■ 気付いてないおそ松

今年最大の運を使い果たしたと言っても過言ではないと思う。あのおそ松に「競馬で買ったから話を聞け」と競馬場近くの喫茶店に呼び出されたのだ。私が座るテーブルの向かい側で、何故か大勝ちしたはずのおそ松が両腕で頭を隠すようにして突っ伏していて、はてと首を傾げつつも店員さんに運ばれてきたショートケーキを食べる。おそ松の奢りらしいので遠慮なく注文してやった。本当に珍しい。


「どしたの?」

「……トト子ちゃんがさぁ、」

「ああ、成程。振られたの」

「まだ振られてねぇしっ!!」


途端に顔を上げて身を乗り出してくるおそ松からお皿ごとケーキを遠ざける。おそ松の大声で唾がケーキに飛んだらどうしてくれるんだ。
聞けばこのおそ松、本当はトト子ちゃんとこの喫茶店に来ようとして振られたらしい。それもトト子ちゃんは「あつし君と遊ぶから」と言って断ったと。あつし君が誰かは知らないけど、まあ名前から聞いて男の人だろうからおそ松がここまで落ち込むのはよく理解出来た。本当に昔から一途な男達だよなぁこの六つ子は。


「トト子ちゃんも本当に手厳しいって言うか、一瞥もしないって言うか」

「…え、待って。一瞥はしてくれるでしょ。ちょっとは見てくれてるでしょ」

「………あ、うん。そうダネ」

「やめてその変な優しさ!どこで発揮してんだよ!俺に気付かせる優しさはいらねぇの!なまえから見て俺らってそんな脈ない感じ!?」

「いや、あるよ。大丈夫大丈夫、トト子ちゃんも婚期逃しそうになったら流石に見てくれるから安心しなよ」

「まだあと数年は我慢しろってか!」


まあ人生何が起こるかわからないよねぇなんてケーキ食べ進め、残り一口を騒がしいおそ松の口に突っ込む。お店の中だから静かにしようか、周りの目が痛いからね。口を暫く動かしたあとで「うまっ」と小さくこぼしたおそ松に笑って、さてどうしたものかと考える。拗ねたおそ松を家にかえすのは結構簡単だったりする。トド松辺りに連絡すれば、何処からか警察のコスプレをした五人の兄弟がやってくるだろうから。流石に意中の女の子に振られたばかりのおそ松に、勝ち取ったお金を巻き上げられるなんて可哀想なことは出来なかった。ここは穏便に、私もおそ松も文句が無いような、綺麗な家への帰り方を考えなければいけない。


「おそ松はトト子ちゃんをここに誘ってどうしたかったの?」

「いやぁ、別に何も考えてなかった。ケーキ食べて笑うトト子ちゃんが見れたらそれで良かった」

「本音は?」

「ここでいっぱい美味しいもん奢ってあわよくば童貞もらってくれるかなって」

「サイテー」


語尾に星でも付きそうな軽い感じで言ってのけるおそ松に思わず口をついて出た言葉である。「男なんてそんなもん」と片目を瞑って舌を出して笑うおそ松に呆れてしまった。取り敢えず早く何とかしないと私も他のお客さんや店員さんの目で刺し殺されてしまう。


「なーんていうかさぁ?トト子ちゃんって俺達見ても驚かないだろ?名前も普通に言い当てるだろ?そんで最高に可愛い幼馴染じゃん?そりゃ俺達もずぅっと追いかけるよねぇ」

「はぁ。……んん?」

「え?」

「好きとは言わないの?」

「トト子ちゃんは憧れの人って言うか、俺達のマドンナって言うか」


難しい顔をして腕を組んだおそ松は首を捻り唸り声を上げる。良かった。何とか穏便に事が進みそうな雰囲気だ。


「トト子ちゃんの事は好きだし、恋人になってくれたら凄い舞い上がると思う。でもなんつーか、なまえがいっつも好き好き言ってる俳優と同じ、みたいな」

「へぇ」

「好きって難しいよなぁ」

「…そうだねぇ」


ううん、やっぱりこの馬鹿は気付いてないよなぁ。トト子ちゃんばっかり見てるから自分に向けられてる好意に疎いのか、それともまさかまさかで気付いてて無視してるのか。後者だったら凄い策士だと笑ってしまった。


「なまえって優しいよな」

「あっははー、ありがと」


馬鹿だなぁ。たかがケーキ一つで釣られる訳ないでしょうが。


2017/12/19