■ 真島が二度寝する

重たい瞼を持ち上げて僅かに部屋に入り込んできた外の薄らとした明かりに瞬きを繰り返して慣れさせる。そうしてゆっくりと頭が覚醒するのを待ち、肩にかけられる重圧に瞳を動かして正体を探ればそれは人の腕だった。
なまえの頭がハッキリと覚醒し、はて、と自分の腕ではないそれに内心小首を傾げる。昨日の夜は大した用事も何もなく、ご飯を食べてお風呂に入って早々に就寝したはずだ。電話も何も連絡なんてなかったはずだ。
ゆっくりと体を反転させてみれば、そこにはやはりと言うか、予想通りの男が自分に腕を回して眠り込んでいた。耳を澄ませてみれば微かに聞こえる寝息に自然と口元が緩んでいく。目の下に出来た薄いとは言い難い隈に触れようとして手を止め、そのまま布団の中に手を引っ込めた。
普段から隙を作れない男である。こんな事に神経を研ぎ澄まされて起こしてしまっても迷惑だろうと、なまえは短く考えて自分を納得させる。起こすのにはきっとまだ早い時間帯だろうと、備え付けの棚にある時計を見れば朝の7時前。随分と早起きしてしまったと苦笑した。
二度寝する気分にはなれず、さてどうしたものかとなまえが考え込んでいれば、ちょうど良く寝返りをうった真島の腕がなまえから離れていく。その隙を逃さずそっと体を起き上がらせてベッドから降りた。少しだけ離れた腕が寂しかったのはなまえだけの秘密である。
物音を立てずに、出来る限り気配を殺しながら部屋を出た。リビングのカーテンを開けば太陽は見えず、代わりに雨雲が姿を見せていた。雨が降りそうだなぁと小さくため息をついて、今日は一日家で大人しくしておこうと決める。
ソファーに膝を抱えるように座ってテレビをつける。天気予報は雨だった。ぼうっと無心になってテレビを見ていること十分弱。部屋の境界線である扉を蹴破るけたたましい音に肩を跳ねさせて音の方向へと振り向いた。


「あ、おった」

「…いますよ。おはようございます」


部屋の扉を蹴破ったままの状態でなまえを見る真島に、口元を引きつらせながら答える。最悪なことに扉が吹っ飛んで来る事はなく、かろうじて扉が凹んだだけで済んだ。
扉を直すべきかどうかと考えて、上半身裸で下は黒のレザーパンツ姿のまま歩いてきた真島に意識を向ける。長い足を伸ばして後ろからソファーを跨いで座った真島を見上げていれば、何を勘違いしたのかキスされた。


「…え、そんな感じでした?」

「おお、なんや物欲しそうな顔しとったからな」

「うーん?」


納得出来ずに唸り声を上げるなまえに笑い声を上げた真島は今度は長くそれを重ねた。一度身を固くしたなまえだがスグに目を閉じて受け入れる。過去に抵抗して失神するまでキスされた事があって以来、なまえは一切の抵抗をやめた。本当に殺すつもりなんじゃないかと思ったと言ったなまえに、話を聞いていた桐生一馬は苦笑していた。


「なぁに考えてんのや」

「真島さんの事しか考えてないです!」


目と鼻の先にある薄暗い室内で見えたその瞳がギラリと光りを帯び、なまえの考えを読み取るかのように覗きこんでくる。嘘はついていない。真島の話なのだから登場人物が何人出てきたとしていてもそれは真島の事には違いない。なまえは焦る思考の中で言い訳を纏めた。


「ま、ええわ」


ふとその隻眼が伏せられ、背もたれに体を落ち着かせる真島になまえは首を傾げた。まだ眠いのならベッドで眠ってくればいいのに、となまえが言うよりも早く伸びてきた腕に抱き寄せられる。硬い胸板に安心感を覚え、頬を寄せながら見上げた。


「なまえが傍におらな安心できへんやろ」


起きるまでここ居り、そう言ってまた眠りに入った真島を見ながら、なまえは赤くなる頬をどうにか冷まそうと必死になった。
いや、真島さんは特に深い意味なんて考えずに言ったんだ。きっと目を離したらスグに攫われて殺されるとかそんな感じで心配してくれたんだ。え、なにそれ怖い。
なまえが必死に考え震える中、微かに伝わる振動に真島は人知れず笑みを浮かべた。


2015/08/13