■ 過保護な坂田は怒らない

うわ、やっべ。ふと時間を確認してから内心で舌打ちと悪態を同時についた。ちょっと職場で話し込みすぎたかなぁと考えるも、私は悪くないと首を振り先程の会話を思い出す。


「え?隊士の臭いがキツイ?嘘でしょなまえちゃん?」

「いやホントですって。加齢臭、汗臭い、よく分からない酸っぱい臭い等など」

「ちょっ、ちょちょちょ、俺達このまま見廻りとか行ってたよ?ヤバくない?臭い撒き散らしながら見廻りしてたことになるよ?」

「スメルハラスメントって知ってますか」

「集合ー!!!」


屯所内にある唯一女性の立ち入りが許されている食堂で私は働いている。十人ほどで食堂を切り盛りしているのだが、最近私たちの中で「あの隊士、臭くない?」と言う意見が出たのだ。他の人が言うにはあの隊士よりコッチの方が、いやアッチの方が。とまあ続々と出てきたので、コレはちょっと言った方がいいかもしれないという事で、何故か私が抜擢された。何故。


「いいかァー!今いる男共は念入りに服の臭いをチェックしろー!」

「近藤さん、泣いてます」

「加齢臭の奴は風呂入って垢まで全部落として来い!あと隊服も二、三回は洗っておけ!」

「近藤さん、止めどない量です」

「オイオイ、近藤さん。服の臭いなんざ業務が終わってからでも」

「土方さん、煙草と汗の臭いが混じってクサイ」

「一風呂浴びてェ気分だ」


今屯所内にいる隊士を全員集めてあらん限りの声で叫ぶ近藤さんと、それを宥めようとした土方さんもいきなり風呂に入りたいと。コイツらメンタル弱すぎだろ。臭いと言われた隊士達の悲鳴は凄まじいもので、阿鼻叫喚といっても構わないんじゃないだろうか。そんな事を私の業務時間が終わった後にしたものだから、思っているより長く付き合わされてしまった。私、悪くない。


「おせェぞなまえ」

「門限が18時とか厳し過ぎんでしょ。最近の学生でも門限なんか無いよ」

「黙れ小娘。罰として俺の晩飯作れ」

「私の家に居座ろうとするな、帰れ天パ」


晩御飯を買って、家に帰ったら当然の如くゴロ寝している銀さんがいた。毎回思うんだけどどうやって家に入ってるんだか。鍵は渡してないし、窓も玄関扉も勿論閉めて外に出てるというのに。鍵が壊された形跡は無いし、隠れてスペアキーでも作ってんじゃないかと疑うレベル。聞いてみたら「自意識過剰乙」と言われたので、沖田くんから教わった腕ひしぎ十字固めをお見舞してやった。暴漢対策がこんなところで役に立つとは。


「どーだ。これでも自衛はできるんだよ」

「ちょ、待って…俺の腕、俺の腕何処いった…?ついてないでしょコレ?絶対ェついてないよ。ちょっと確認して、早くっ!」

「ついてるよお馬鹿」


そんじょそこらの町娘に、筋肉隆々の大の男の腕を取れるわけないだろ。無駄のない筋肉付けやがって、何目指してんだこの男は。


「まあいいわ。よーし、なまえせいれーつ」

「もー、面倒くさいなー」

「いいから、ほら。俺の前、立って」


両腕を回してちゃんとついてることを確認した銀さんが手招きしてきて、心の底から深いため息をこぼした。何が面倒ってどこにも怪我がないかの確認をされるこの時間が面倒なんだ。元から過保護の気質はあったけど、私が屯所で働く事になってから輪をかけて進行した。


「…特に異常はねぇな」

「ったり前でしょ。安全な場所で働いてんのよ」

「男がわんさかいる室内のどこが安全?ホントなまえダメだわ。なまえには危機感というものが全くこれっぽっちも感じられねェ」

「そんな犯罪者予備軍があそこにいるとは私は信じないっ」


でやっと銀さんの腕を跳ね除けて晩御飯の準備に取り掛かる。毎日この無駄な行動に時間を割かれているので、私の貴重なフリータイムがゴリゴリ削られていて誠に遺憾である。加えて晩御飯まで集ろうとするのだからため息は絶えない。


「なぁ、なまえ」

「なーにー?」

「怪我が無ェのは良いんだけどよ」

「うん」

「…くせェから先に風呂入ってくんね?」


あまりにもな物言いに文句を言おうとして振り返って息を呑む。底冷えするようなその目に射抜かれて開いた口は閉じざるをえない。銀さんは立ち竦む私を見て、弧を描く口元はそのままに風呂場を指差した。逆らってはいけない雰囲気に、震えそうになる足を踏み出して銀さんの横を通り抜ける。


「そーんな怯えんなって。別になまえに怒ってるわけじゃねぇだろ」


小さく笑うと共に背中にかけられた声は優しいけれど、それでも悪い方に考えてしまう私の頭は途端に冷えきった。だったら銀さんは誰に怒ってるというんだ。


2017/08/18
私は悪くない!