■ 人の話は聞かない青槍

「例えばさぁ、自分の好物を好きで最後までとっとく奴っているよな?そりゃ人によって違うだろうけどな、俺としては最後に食っちまうのが好きなんだよ。なんせ最後に口に入れりゃ、それまで微妙だった口から喉から食道から、全部瞬く間に最高に気分良くなるんだぜ?分かるよな?だがそれを知らずに他人に手を出されたりするってなると話は違ってくるだろ。何だよコイツはこれが嫌いなんだな、じゃあ俺が食べてやるよ、みたいな。傍迷惑極まりねェそんな悪意で手ェ出してくる訳だよ。向こうからしたらそりゃ善意なんだろうが、勝手に人の皿に手ェ出してくる時点で善意は悪意に切り替わってんだよ。分かるか?つまり今のお前らは善意でも何でもなくただの悪意の塊でしかないわけだ。するとどうだ、俺からしたら何でもねぇただの通りすがりで、顔も名も知らねぇ他人がまるっと敵になるわけだ。なぁ、オイ聞いてるか?まだ殺してねぇだろ。息あるんなら返事ぐらいできるよな?ほら、へーんじ」


現在時刻夜の八時半頃。見知らぬ複数の男性に声をかけられたのは、閑静な住宅街に差し掛かった辺りだった。断ると言っているのにしつこい男性方に嫌気が差してきた時にそれは突然嵐の如くやってきて、私に迫っていた男性等が瞬間にして例外なく地に伏せていた。
腰が抜けて座り込む私の目の前。コツコツと靴の先で倒れている男性の頬をつつくランサーに、驚きと恐怖で固まることしか出来ない。普段陽気な所しか見なかった分だけ、衝撃は凄まじいものだった。理性を持ったバーサーカーにでもなったんじゃないかと思った程だ。
コクリと息を呑む音が聞こえたのか、はたまたタイミングが合ったのかは分からないけれど、くるりと顔だけ振り返ったランサーにどうしようもなく体が震える。紅い目をゆうるりと細めるランサーは、恐ろしくも不気味な程に艶やかな笑みを浮かべて見せた。こんな状況じゃなかったら卒倒するレベルに色気がある。いや別の意味で卒倒しそうだけども。


「何もなまえがビビる事ァねぇだろ?ここは助けた俺にハグの一つでもってのが王道なんだがね」

「…殺してないよね?」

「殺しはしてねぇよ。ま、俺の気分次第でコレの生死は決まるだろうけどな」


いつもの青い装束ですらない、Tシャツ姿のままで紅い槍を手にするランサーのアンバランスさはどこか様になっていて、こんな状況にも関わらず感心してしまう。冷めた目つきで倒れ震える男性を見下ろすランサーに慌てて手を伸ばして、レバーパンツを軽く掴んで見上げた。


「殺さないで」

「妬けるねェ。大事かよ、コイツらが?」

「違う。でも関係ない人だよ」

「嘘は感心しねェな。なぁ、なまえ」


男性達からこちらへと体を向けて、目を合わせるようにしゃがみ込むランサーの手が私に伸びた。首の後ろを掴まれて引き寄せられれば、端正な顔が目の前に迫る。嘘なわけがないと内心首を横に振ってもランサーは気付かない。


「言っただろ。好物は好きで最後にとっとく派なんだよ。こんな奴らに手ェ出されるぐらいなら、今、ここで、俺が喰ってやるよ」

「私に出来る事なら何でもする。お願い。お願いします。殺さないで」

「嘘はねぇな?」

「嘘も二言もない」

「言ったぞ」


軟派してきた男性達が悪いとランサーは言うけれど、私はあのまま続くようであれば最悪の場合、魔術を行使してでも逃げるつもりだったから男性達が悪いとは言えないのだ。だからまだ何もしていない未遂の男性方を殺めてしまうのは、そんな事は流石に出来ない。
口角を上げて首を離したランサーにふっと息が漏れる。これで一応男性達の首の皮は繋がった。男性達も震えてはいるけどその目は安堵の色が見え隠れしている。犠牲としては私のこれからの事なんだけれど、ランサーは一体何をさせようというのか。


「一つある」

「え」

「何だよ。何でもっつったのはなまえだろ?」

「いや、あの、一つでいいの?」

「あぁ」


頷いたランサーに目を丸くしてしまう。アレもコレもと言うのではないかと考えていたから、何だか拍子抜けした気分だ。一つぐらいなら全然余裕じゃないかとランサーを見れば、柔らかく笑みを浮かべて口を開いた。


「俺の言う事には全て肯定、「はい」で答えろ。今の間、そうだな。一時間だけでいい」

「…それでいいの?」

「おう。ほら、返事」

「はい」


希望通りの返事を返せば、満足したように笑ってその場に立ち上がる。態とらしく考える素振りを見せたランサーが思いついたというように目を細めて私を見下ろした。


「コイツら、殺してもいいよな?」

「…え」


鈍器で頭を殴られたような衝撃。言われた言葉の意味を理解して、駄目だと口から出そうになるも嘘じゃないと二言はないと言った手前、そんな事は言えない。それも嘘が嫌いなランサーの目の前で。
血の気が引くとはこの事かと頭の片隅で考えつつ、どうにか打開策はないかと混乱する頭で考える。何も答えず顔を伏せた私の顎を軽い力で掬うランサーは笑みを浮かべていた。反対の手には紅い槍が握られていて。


「返事は、なまえ?」

「……は、い」


震える唇で音を出せば、満足そうな顔で背中を見せるランサーがスラリと槍を構えてみせる。


「ひっ、た、助けてっ」

「悪いな、テメーの言うことは聞けねェ。なまえに手ェ出そうとしたテメー自身を恨めや」


全く悪びれる様子もなくそう言ってのけたランサーが軽く腕を振る。たったそれだけの事で私の目の前で赤が散った。


2017/04/26