Baby heart | ナノ


第1話 Baby heart




「はーい行くよー!スリー、ツー、ワン、アクション!」
かちん、と軽く響いた音と共にどしゃ降りの雨が降り続る。
「私あなたのことが―…」
「すと――っぷすとっぷ!!これじゃー雨強すぎるってばよォ!!」
突然甲高い声が響いた。
「止めて止めて!一年止めて!!」
「あ、ハイっ!カーット!!」
まだ入学したばかりなのだろう、一年生の初々しい声と再びかちんと軽く響いて、どしゃ降りの雨が止んだ。
「どうしたんですか先輩!?」
「お前等よく平気だなぁ〜つーかおい!!シカマル!さっきのなんだアレ!
雨強すぎんだろが!もっと抑えやがれ!!」
「あー?てめえが強くしろっつっただろーが、めんどくせー…」
「これじゃ強過ぎんだよ!50ミリくらい落とせ!!」
「へーいへい…」
「ちゃんと返事しろってばよ!!」
「まぁまぁナルトくん…私達も一応平気だったしもう一回やろう?」
さっきから甲高い声で注意しているのはここ、映画演出学科のうずまきナルト。
今は自分達で撮影して映画を作るという時間だ。そして三年生のナルトはリーダーとなって、後輩や同期全員をまとめている。
「…悪いな、みんな。もう一回やるってばよ!」
「「「「ハイ!!」」」」
さっきセリフを喋っていた日向ヒナタが上手くナルトをなだめ、また撮影をスタートさせた。
「はいいきますよー、スリー、ツー、ワン、アクション!」


***


「はいカットー!!お疲れ様でしたー!!」
あのあと無事に撮影が進み、今日ちょうどクランクアップ出来た。
「皆お疲れ様だってばよ!今日は怒鳴ってばっかでごめんなぁ」
ナルトはセットを片付けている間撮影に協力してくれた皆に謝った。
「いえいえ大丈夫ですよ!ナルト先輩は何かを気付くのがすごく早いし、怒られると俺達もまだまだなんだなぁって痛感しますよ」
「ありがとなぁっ一年二年!!というかお前等もすごい動いてくれるし、まだまだなんて言うなってばよ!三年の奴らも本当にありがとなぁ!」
いい後輩を持ったなぁと心の中で思ったナルトは再び一年と二年と三年と一緒にセットを片付け始めた。
「編集どうしますか?映像編集部に出すんですか?」
「いや、今回は俺がやることになってんだ。だからビデオテープ貰うな」
ニシシっと笑うナルトに一年は
「えっ、ナルト先輩編集出来るんですか?!」
と声を上げて質問してきたので、答えてやった。
「ん?うん、編集とかはちょっと勉強したことあってな。だから今回は俺が編集したいんだってばよ」
とまたニシシっと歯を見せて笑うと、すごいですね!なんて言って相手も笑ってくれた。

映画を作りたい。
そう思ったのは、いつだったろうか。
気付けば、なりたいと思っていたんだ。映画だけじゃなくてドラマや映像を見るのが好きで、よく昔の洋画とか、アーティストのPVなんて友達と見たりしたのだ。そんなものがいつか自分で作りたいと思って、大学に進んだ。今となってはすごくやりがいがあるのだ。
「じゃあ無事クランクアップ出来たところで!一杯やりますかー!」
とみんなに聞こえるような大きい声で二年が言う。
せっかく皆で撮った映画だ、飲みに行きたい!と思った矢先、携帯電話が鳴りだした。
「ナルト君は…?」
「ん、ちょい電話だってば!待ってて!」
ヒナタは俺の口からそう聞くと、皆のいるところへ報告に行ったみたいだ。そして鳴り続けている電話を取った。
「はい?」
『ナルトか?』
低くどこか色気の混じっている声を聞いて、胸がトキリと鳴る。
「サスケっ!」
『大丈夫か?撮影中だったか?』
「ううん、今終わってクランクアップしたとこだってばよ!」
そう。この会話している男の名はうちはサスケ。
サスケは撮影・照明学部で学科が違うけどよく合同で撮影したりしてるし、良い仲だった。でも俺は、サスケに友達以上の気持ちを持っていた。
だからさっき不覚にも、…いやずーっとドキドキしっぱなしだが。胸が高鳴ったんだ。
でもこんな俺でもわかる。実らない恋をしてしまったこと。だから、こうして友達を精一杯やっているがサスケは格好良くてモテるから、女の子から告白を受けたという噂が耐えない。その度に不安になっている自分を心の中で、まだ諦めきれないのかという思いでいっぱいになって嫌になる。
『そうか、良かった。…実は今日ちょっと話があって…これから空いてるか?』
「話……?」
サスケが深刻そうな声だったので何だろうと気になってはいる。でも、飲み会が……
「…空いてるってば!何時くらいにどこ行けばいい?」
俺はサスケの話が無性に聞きたかった。
『そうか、良かった!じゃあ大学の食堂前の外で食べれるとこあるだろ、そこに四時に行けるか?』
「ん!了解だってばよ!セット片付けて行くな!」
『サンキューな。じゃ、また後で』
「ん!バイバイってばよ!」
ピッ、と電話を切り、皆のところへ駆け寄った。
「悪ぃってば…今日この後用事入っちまったってばよ」
「まじっすかー!」
「俺もめんどくせーから行かねーよ」
「はぁ?せっかく誘ってくれてんだから行けってばよシカマル!」
うるせーだのなんだのと会話を続けていると後輩が口を開いた。
「そうですか…!先輩の分まで飲んできますっ!」
「おぉ、そーしてくれってばよ。ついでにシカマルも連れてって」
てめえ何勝手なこと言ってんだと言ってるシカマルを余所に、ハハハと笑うナルトに皆もつられて笑う。
「んじゃあお疲れなー!楽しんでこいなっ!」
はーい、と皆が飲み会に行く背中が見えなくなると、俺は駆け出した。
サスケの話したいことって何だろう。
なんかこういうお呼びだしって、告白されるみたいだよな、と。あり得ないとわかっていても否定したくない自分がいることに気がつく。…やっぱり諦めきれない、と少し期待しながら足を速めた。
今思えば、何でこんなに楽観的だったのだろう、と。
自分の馬鹿らしさに後悔することになる。



「ごめん!!待った!?」
はぁはぁと息を荒くするナルトを見て先にいたサスケは俺も今きたところだ、と椅子に座らせる。
「そっか、良かった。」
ふぅと安心して空いている椅子に荷物を置く。サスケはやっぱり格好良い。カジュアルな格好がなんとも男らしさを漂わせる。
「撮影、自分達でやったのか?」
「うん!皆すげぇ動いてくれて頼もしいんだってばよ。近いうちに編集すんだ」
「ナルトがか?」
「そうだってばよ?」
「…そこまで出来る奴だとは思わなかったぜ。昔はあんなに馬鹿だったのにな」
「はぁ!?失礼だってばよお前!!」
なんてクスクス笑うサスケに怒鳴る。
…本当は嬉しい。゙昔から゙なんて言ってくれて、昔から一緒にいたことを言ってくれたみたいで。
「んなことはどーでもいいんだってば!で、話って?」
そういえば、サスケが本題から言わないのは珍しいと思った。俺がそう思った時サスケは目を丸くし、それから真剣な顔になった。でもその顔は、俯いたままだった。

…サスケ?

「…ちゃんと聞いてくれ。」
「…?う、うん…」
──いま思えば、途端に張り詰めた空気に、ただ頷くことしか出来なかった自分は何て滑稽だったのだろうとそう思わずにはいられなかった。


「……俺、結婚すんだ。」
…………え?


「…けっ…こん?…」



もし、みんなと打ち上げに行っていたら。



こんな話を聞くこともなかったのかな、と思うのは、単なる甘えになるのだろうか。そんなことをぽつり、と思考の隅が囁いていた気がした。