捧げ物(九羽原さま) | ナノ






少し変わった何でも屋がいる、という話を嵐士が聞いたのはつい最近だ。
なんでも、桜音ドットコムという名前の何でも屋が少し離れた町の二階建てビルにあるらしい。
誰が言っていたのかは思い出せないが、少し変わったという部分に興味を持ったことははっきり覚えている。
気になったら確かめたくなる訳で、普段あまり訪れない町まで足を運んだのであった。
「ここか?」
ほどなくして少し古ぼけたビルの前にたどり着いた。
「場所はこの辺だって言ってたよな」
周りを見回してもそれらしき二階ビルはない。
「入ってみるか…」
覚悟を決めてビルに入ると正面の階段を登る。
狭い階段を登りきると目の前に現れたのは質素な札の掛かった扉だった。
近付いて札を見ると「桜音.com」と書かれている。
「お、まじでここなのか」
早速ドアノブに手を掛ける…が
「うぉっ!?」
「んん?」
捻る前に勢いよく開いた扉に思わず仰け反った。
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「いやーごめんね?人がいると思わなくてねー」
先ほどドアを勢いよく開けた青年がそう言って笑う声を聞きながら嵐士は目の前に置かれたお茶を啜る。
「ドア当たらなくて良かったよー。たまにぶち当たって気絶する人がいるんだよね」
その時の事を思い出したのか青年はまた小さく笑った。
嵐士より歳上のはずなのだが、少年のという言葉が似合う。
「ここ、お兄さん1人?」
「ん?所長がいるんだけどちょっと外してるんだよね。まぁすぐ戻るよ。」
それとお兄さんじゃなくて椎葉って呼んでね、と青年は言う。
「君さ学生さんだよね?」
「そうだけど」
「学生さんが依頼に来るなんて滅多にないんだよね。だいたいは…」
ガチャリというドアが開く音が椎葉の言葉を遮った。
嵐士は振り返ると、美少女という表現が合う人物がそこにいた。
その人物はこちらに近付き「…誰だ?お前の弟か?」と椎葉に言い放った。
「私は一人っ子。その子は依頼人だよ」
「へぇ…」
赤月はくるり、と嵐士の方を向くと「ようこそ桜音ドットコムへ。所長の赤月だ」と言った。
「あ、ども。お姉さんが所長なのか」
「お姉さん…?」
ぴくり、と赤月の眉が動く。
「誰がお姉さんだって?」
「だっておばさんって歳じゃないだろ?」
「違う。そうじゃない」
「は?」
意味が分からない。
この女は何が言いたいのだ。
「俺はお姉さんでもおばさんでもない。なぜなら男だからだ」
「…はぁ!?」
「本当に分からなかったのか…」
思わずソファから立ち上がって赤月を凝視する。よく見ると身長は嵐士より少しだけ高いし身体は普通に男…なのだが。
「どう見ても顔が女だろ…」
「…椎葉から聞いてなかったのか」
「聞いてねぇ!!」
「椎葉…お前…」
「だって言う前に赤月来たし。それにその子私のこともお兄さんって言ったしね」
けらけらと椎葉が笑うのを見て赤月は、はぁと溜め息を吐いた。
嵐士は椎葉の言葉にはっとして「もしかしてあんたは女なのか…?」と問う。
「ん?今気付いたの?」
「分かるかよ!!」
一気に脱力してソファに座り込むと同時にこの何でも屋が少し変わってると言われる理由を知った。
そりゃどう見ても女な男とどう見ても男な女がいたらそう言われる。
「それで、お前はなんていうんだ?名前」
「…織神嵐士だけど」
「そうか。で、何を依頼しに来たんだ?」
「あー…」
実を言うと、気になったから来てみたというだけだったのでなにを依頼するというのを何も考えてなかったのだが、ふとある人物が頭に浮かんだ。
「じゃあさ女っ気の一切ない野球バカがいるんだけど、そいつとそいつの事を好きな子の仲を進展させたいんだよ」
せっかくここまで来たのだからと思いそう言う。
「くっ…ははは!!」
嵐士が言い終わると同時に笑い声が上がった。
急に笑われた嵐士は訳が解らないというような顔でポカンと赤月を見た。
「はぁーそうか、結構友達想いなんだな」
「な…!そういうんじゃねぇよ!!」
「あー分かった分かった」
思わず立ち上がって否定する嵐士をまぁまぁと椎葉が宥めて座らせる。
「大体ここに来る人間は自分の為に依頼しに来るんだけどな。いいぜ、特別に無料で引き受けてやるよその依頼」
ニヤリと笑いながら赤月はそう告げた。
「無料って…いいのかよ?」
「今回だけ特別って言ってんだろ?詳細は後日聞くから今日はもう帰りな。外真っ暗だし。あぁそうだ、帰る前にこれに連絡先書いてけよ」
赤月の言葉に渋々頷くと嵐士は差し出された紙に電話番号を書いて事務所を後にした。
階段を降り、外へ出た嵐士はさっきまでいたビルを振り返ると「大丈夫なのかよまじで…」と呟いた。

___

「そんで?」
「なんだ」
「なんで守銭奴の所長様が無料で引き受けたのかなーって」
普段なら初回だろうと問答無用で報酬の交渉するのに、と言いながらテーブルの上を片していく。
「知りたいか?」
「…まぁ普段ならあり得ないからね」
「この依頼が終わったら教えてやるよ。しっかり働けよ?」
くつくつ笑う赤月に数秒後、強烈なローキックがプレゼントされたのだった。


果たして依頼は無事に済んだのか。
それはまた別のお話である。

END.
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