願い事はひとつだけ-2-
月明かりが辺りを包む縁側で、おれは一人、空を見上げていた。
静かに風が吹き、おれの短くなった髪を優しく揺らしていく。
「…気持ちいいな」
久しぶりの休息を取るおれは、静かにお茶を飲み、一息ついた。
その隣には、忙しくて疲れきったのか、さくらちゃんがおれの肩に寄りかかり、すやすやと眠りに就いている。
安心しきったような、あどけない様子で。
「きっと、さくらちゃんは…元いた時代に帰りたかったんスよね…」
だけど……。
どうしても、おれの中で沸き上がるさくらちゃんへの想いが、帰したくないと主張していて。
いつの間にか、無くてはならない存在になっていたんだ。
「おれの我が儘だって…わかってはいるけど」
さくらちゃんの長い髪をゆっくり撫でていき、空いている腕でさくらちゃんを抱き寄せた。
「おれは…、さくらちゃんと離れたくない。未来永劫、貴女の傍にいたい」
こんなにも愛しいと思える人は、きっと…そう巡り逢えないだろう。
まして、この激動の時代で国事に奔走する中、おれが何処で散るのかも解らない。
志の為なら、この命を惜しむことがなかったのに。
貴女と出逢って…、さくらちゃんと出逢って、共に暮らすうちに。
おれは…、さくらちゃんの優しさ、太陽のような笑顔、無邪気で陽気な性格、たまに見せる泣き顔、拗ねた横顔、怒る顔。
色んなさくらちゃんを見て知ると、頑なにピリピリとしていたおれの心が、いつしか和らいでいくのを感じた。
尊敬している龍馬さんや武市さん、そして…無愛想だった以蔵くんでさえ、さくらちゃんの魅力に魅せられて、雰囲気が柔らかくなっていくのだから。
惚れるなと言う方が難しい。
「きっと…、日本の夜明けを見るなら、己も変われって…神様が出逢わせてくれたのかもしれないっスね…」
再び夜空を見上げ、月と星を視界に入れる。
さくらちゃんの温もりを腕に感じながら。
「…う…ん……」
「あっ…、起こしちゃったっスか?」
すると、抱き寄せた腕の力が強かったのか、さくらちゃんが徐に目蓋を開く。
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