Novel

01.新学期


麗らかな春の陽気からは程遠い雨の朝。
この一年でやや擦り切れてしまった制服に腕を通す。
去年とほとんど変わらない背丈の自分には、相変わらずこのブレザーは少し大きい。
「兄も高一から伸びたから!」母親の勧めに従って去年一年間袖を通したが、生憎未だに身長は伸びていない。
はあ、とため息をつくや否やリビングから母親の声がする。
「八雲ー!何してんの、遅刻するよ!」
「えっ、やば!」
慌てて携帯電話と定期、財布だけが入った軽いリュックをひっつかみ転がるように階段を降りる。
「行ってきま〜す」
玄関を出る前に朝ごはんは?と母親の声がしたが聞こえないふりをして傘を開いた。
浅い水たまりを飛び越えて駅めがけて駆け足する。



撫井八雲、今日は高校二年生の新学期だ。



地元の駅から四駅隣にある蒲公英学園。
親が「八雲、あんた起きられないんだし、遠いからお兄ちゃんと一緒にしなさいよ」と言ったのをなんとか説得し入学することができた。
そもそも、兄と一緒がいやだからここにしたのに。自分が首を縦に振るわけないだろう。
正門をくぐるとクラス発表の掲示板に群がる生徒達が見えた。
みんな春休みの発表期間で見に来れば良いのに、ばかだなあ。
そういう自分もその一員である。あの中に入るのはだるいし、誰か知ってる人にでも教えてもらおうかな。
なんて再び集団に目を向けると、見知った色素の薄い頭髪が視界に入る。

「じょんおはよ〜!」
「むいちんおはよう」
ややつり上がったアーモンドの様な形の目をねむそうに二度瞬きさせながら、自分より数センチ身長の低い少年は口を開いた。
「もう見た?」
「んーんまだ。じょんは?」
「…見えない」
不服そうに口をとがらせる友人、駆柴淳の足元に視線を落とすと、ぎりぎりまで背伸びをしている。が、しかし自分と視点はほとんど変わっていないようだ。
「見てきてよ」
「え〜やだ。混んでるし」
やだよ。行ってよ。の問答を繰り広げるふたりに背後から声がかかる。
「なにしてんの?ふたりして」
『もろちん!』
鈍色の空の下でも太陽のようなオレンジ頭がまぶしい好青年。
もろちん、こと茂呂遼太郎は十数センチ高い位置から二人を見下ろす。
「あ〜、クラス発表まだ見てねーや。じょんとむいちん何クラス?」
「まだ」
「じょんが行かないからさ〜」
それを言うならむいちんが…と再びささやかな言い合いを開始する二人に見てくる!と言い残し、遼太郎はどんどん人ごみの中に進んでいく。
結局もろちんに行かせちゃった。うん。
やっぱりいつものメンバーの中じゃ遼太郎が一番お兄さんな気がする。長男だしね。
次男コンビは頷きながら大きな背を見送った。


「じょん!むいちん!やばい!」
二分もしないうちに遼太郎は人ごみをかき分けて戻ってきた。
「どうだった?」
戻って来るやすぐに淳に肩をつかまれ揺さぶられる遼太郎。
淳の表情はやや緊張気味。釣られて自分の方も少しこわばる。
「Cクラスだった…」
激しく前後に揺られた遼太郎は少しぐったりした表情でクラスを告げる。
聞きたいのはそこじゃない!
「誰がC?!」
じらすような遼太郎の口ぶりにやや苛立ち、もう一度遼太郎を揺らそうとする淳。
その気配に気づいた遼太郎が慌てて淳を引っぺがしそのまま自分ごと肩に手を回す。
顔一面に笑顔を張って言った。
「三人共!」
うそ!淳と顔を見合わせて喜ぶ間もなく予鈴が鳴った。
やばい遅刻!と教室に向かって薄暗い廊下を駆け抜ける。
一人だけ遅れる足音。パタパタ。スリッパの音が恥ずかしい。
まだ大きいブレザーは肩が雨水で少しぬれていた。


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