んん、と肩に寄りかかっていたぬくもりが身じろぐ。とろんと蕩けた蜂蜜のような眼が隠れてはうっすら開いてを繰り返していたが、テレビから流れた爆発音で覚醒したらしい。ぴっと音が鳴りそうなくらい素早い動きでもたれ掛っていた自分の腕から離れ、真っ白で暖かそうなブランケットにくるまってパチクリと瞬きを繰り返す。その小動物のような動きに、くっくっと喉が震える。ばつが悪そうに可愛い少女は自分を見上げた。
「ごめんなさい…眠っちゃってた」
「ん。気持ちよさそうに寝とったの」
まぁ無理もないだろう。仁王の気に入っている映画のシリーズの最新作を二人で見に行くために、これまでの作品を一気見していたのだ。長時間見ていればどんなに面白い映画でも飽きるだろうし、そもそも今はなかなかに遅い時間である。
「つまらなかったとか、そういうわけじゃないの」
「わかっとるよ。もう遅い時間じゃもん。残りは明日にしよう」
「うぅん、もうちょっとがんばる…」
意地になっているのは可愛いが、声がすでに眠そうだ。実は寝落ちる前に見ていたものからディスクを入れ替えていることにも気が付いていない。潔く寝かせた方がいいだろう。徹夜など朝飯前の仁王にとってはこの程度の夜更かしは全然余裕だが、生活リズムの整った彼女にはここら辺が限界だ。
「こうしてちょっと離れてたら…。あったかくないし、だいじょうぶ」
「…」
くしくしとハムスターのような仕草で目元を擦って眠気に抗う真朱。眠くならないようにするためだろう、さきほどよりも離れようとソファの端による肩を掴み引き寄せる。
「わ」
「なんで離れる。せっかく二人でおるんじゃ。もっとくっつきたいなり」
「でも、あったかいと眠くなっちゃうもの」
「えぇよ。寝ても」
シリーズすべて視聴済みの仁王はそもそも見る必要がない。優しい真朱は寝落ちで自分を放置することを気にしているのだろうが、それよりも離れるほうが嫌だ。最近知った、彼女が自分を甘やかしたくなるらしい上目遣いになるように覗き込む。うぅう、と眠いのか困っているのかわからない唸り声。よし、効いているな。手ごたえを感じながら後一押しを加えようとする仁王より先に、真朱が口を開く。
「だって、楽しみにしてたんだもん。雅治くんとオールナイトで映画見るの」
まだ起きておしゃべりしたい…。
いじらしいおねだりに、悶絶しそうになる。だがここは心を鬼にするべきだ。んんっ、咳払いして甘やかしそうになる自分を振り払う。
「じゃぁ布団でおしゃべりしよう。座って寝ると首痛くなるぜよ。明日映画館に行くまでに、あらすじ教えるから」
「……。うん」
少し渋っていたが、観念したのかずるずると仁王にもたれ掛り体重を預ける真朱。
「ごめんね…。お子様で」
「俺が悪い子過ぎるんじゃ。…いっそお子様ついでにお布団まで連れて行こうか?」
茶化してみるが、断られるだろうなと思う。育ってきた環境のせいか、性質かは微妙なところだが甘やかされるのは得意だが、甘え下手の彼女はこの手の誘いには乗らない。頼りない足で立ち上がってほんの数歩の距離をよたよた歩く姿を想像していると、するりと仁王の首に手が回る。…仁王にしてはらしくなく、言葉を失う。
「…」
「…?」
「……、えーと、真朱ちゃん?」
「…ん?」
ん?ってなんじゃ。勘弁してくれ。息が首に当たってくすぐったい。
どうやら寝ぼけているあまりにとても珍しく甘えたモードらしい。可愛いかわいい真朱様は、無言で運べとおっしゃっている。珍しい彼女のわがままデレに硬直して動けないでいる仁王を促すように、舌っ足らずな口が動く。
「まさはるくん?おふとん」
「………雅治くんはお布団じゃないぜよ」
そういうことが言いたいんじゃない。と内心で自分に突っ込みを入れながら、遠慮なく自分に体を預けてくる無防備な背中に手を回し、足の裏にも手を伸ばす。何度か抱っこしたことのある体は相変わらず軽かった。
「あのね」
「うん」
「レイトショーに行ってみたい」
「映画?」
「うん、雅治くんいつもレイトショーなんでしょ」
いや、別にレイトショー以外でも見るけどな。と思いつつお眠ちゃんにまともに返事するのもどうかと適当に相槌を打ちながら、そっと布団に寝かせて自分も横に寝転ぶ。こんなことに魔力を使うのもどうかと思うが、ちょっと力を走らせて部屋の照明を落とす。
「んー、くらい」
「暗いの怖い?」
「えいがかんみたい」
「おう」
…珍しい。初めて見る彼女の一面に素直に驚いた。
真朱は普段ふわふわと無防備そうで人懐っこそうに見えるが、意外と隙がない。これでけっこう、自分を害そうとする悪意に対して容赦がないのだ。親しい相手にも無条件で気を緩めすぎることも少ない。ちゃんとしていようと自分を律する意識が強いのだが、…眠すぎるとだいぶ幼い言動になるらしい。
まだまだ全然眠気が来ない仁王は、次はどんな突拍子がない言葉が飛んでくるかと期待して続きを待った。
「こどもはだめなの」
「ん?」
「だから、おとな。ね?」
「…。あー…」
噛み砕くのに時間を要したが、おそらく「子供はレイトショーに入れない。逆説的にレイトショーを見ている(と思い込んでいる)自分たちは大人である」と言いたいのだと、思う。
ぽん、ぽん、とドラマなんかの見様見真似で真朱の肩あたりを一定のリズムで叩く。暗闇でもほのかに煌めく金の眼が蕩けて、今にも閉じそうになっている。うにゅうにゅだかむぐむぐやら音にするのが難しい声で話しかけられ、愛おしさに頬を緩めながらうん、うん、そうじゃなと相槌を打つ。3回ほどそのやりとりを繰り返すと、すぅすぅと心地よさそうな寝息が聞こえてきた。
「おやすみ。真朱ちゃん」
また明日。眠りから覚めればきっと月の瞳が微笑む。この子の方が朝は強いから、自分より早起きして「おはよう」とどこか照れくさそうに言うだろう。寝ぼけていた間のことは覚えているだろうか。それともケロっと忘れているのだろうか。どちらにしても、ちょっと意地悪をしてみたい。きっと可愛い反応を返してくれるだろうから。数時間後に訪れる幸福な未来を思い浮かべ、仁王も目を閉じた。
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ミミ様
リクエストありがとうございます。「仁王とC.C.Sヒロインが恋人設定で甘いお話」いかがでしょうか。お気に召していただければ幸いです。
仁王と白石の一番の違いは、真朱に振り回された場合の余裕の持ちようです。白石はわりとあわあわして思いっきり振り回されるのですが、仁王の場合はわりと柔軟に受け入れて甘やかしてあげられる。なんなら切り返しも早いという。
本編の二人がこんな風に穏やかにいちゃつける関係になれるのか。長い目で見守っていただけると幸いです。
これからも当サイトをよろしくお願いいたします。