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うちの学校には、都市伝説がある。
『旧校舎の音楽室から、謎の歌声が聴こえる』
――この都市伝説は、私の仕業だ。
「♪僕の口から『好き』と言えたら どんなに嬉しいだろう」
私が入学する以前から伝わっていた都市伝説は、夜に聴こえて、男声だったと聞く。
なぜ現役の生徒である私が、旧校舎で歌を歌っているかと言うと……
「っはー、気持ちいい!」
歌うのが大好きなのに、カラオケまで電車で30分かかるド田舎。家で歌うのも、マンションでは憚られる。そこで、新校舎より少し遠い、得体も知れぬ歌い手が潜んでいるとのここの噂を利用させてもらったのだ。
「♪目の前にいる君を 抱き寄せることさえできないなんて」
過去に肝試しに入られたのだろうか、何故か割れている窓から入って、放課後ここで歌う。
と。言ってるそばから、小さな物音が聞こえた。
「誰!?」
「あー……お邪魔します。ども」
容姿は、平々凡々。うちの学校の制服を着ている。
私と同じ侵入経路で、申し訳なさそうに、ガラスを踏み潰して入ってくる。どうやら生身の人間らしい。
「もうバレちゃったかー。オカルト目的?それとも苦情?」
単刀直入、だ。元より第一発見者の一存で、私は動こうと決めていた。
しかし彼の発した言葉は、私にとって全くの想定外であった。
「君の歌、が、素敵だと思って!」
「はい?」
見た目純情な奥手に見えたけれど、初対面で距離を詰められ、両手をきつく握りしめられた。
口説いているのか純粋に歌を誉めているのか、よくわからない。
「毎日、聴いてたんだ。でも、一回、話してみたいなって、衝動が、その……!」
「毎日……?」
吃り気味の言葉の意味を咀嚼して、急に、顔が熱くなるのを感じる。
いやまぁ、そりゃ誰かに聴かれるのは覚悟して歌っていたけれど、私の知らない所で毎日聴き入ってくれていた人がいると思うと、赤面モノだ。
……時おり音を外したり、自作曲を歌ったりもしていたし。
「やあぁあぁぁ恥ずかしい、今すぐこの場から立ち去りたい!帰るから離してえぇぇぇ!」
「えっちょっ、待って!」
侵入者は私の逃亡を阻止した。が、筋肉のなさそうな細腕では、火事場の馬鹿力を出した私は止められない。
「明日、待ってるから!」
走り出した私の耳の鼓膜に届く、心地よいテノール。
自分の歌を聴かれていたなんて、明日はどうしようかなんて頭がぐちゃぐちゃして、その日は上手く寝られなかった……。
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