※心中ネタ *** ガチャリ、と玄関から確かに扉が開く音が聞こえた。 だがセルティは運び屋の仕事で出て行ったばかりだった。 忘れ物だろうか、とも思ったがセルティに限ってはそんな事ないだろうし…と思いながら玄関へと続く扉を見ていればよく見知った、それもセルティの仕事と私の仕事両方でのお得意様だった。 「また君は勝手に入ってきて…」 「煩いな…いいから治療してよ。」 「また静雄かい?…って、臨也…君、それっ、どうしたんだい?!」 「…いいから、治療して。」 静雄は臨也と殺し合いの喧嘩を確かにする。 だが殺し合いの喧嘩をしているという割に静雄は臨也の顔にだけは傷をつけないでいた。 それが僕にはどういう感情から来ているのか、知っていた。 きっと、この事を知っているのは僕と門田くんだけだろう。 当事者たち、特に静雄は自分の感情に気づいていない。 もしかしたら、気づいていて、気づいていないふりをしている可能性もあるけど。 今の臨也は明らかに殴られたという顔をしていた。 頬は僅かに腫れて、口の中が切れているのか唇の端からは血が少し付着していた。 「…ねえ、これ…静雄じゃないよね。」 「…」 「…言わないなら治療しないよ。」 「…シズちゃんじゃ、ないよ。」 「だよね。じゃあいったい誰が…。」 治療してくれないのは流石に困るのか、素直に言った臨也の言葉に少し困惑しながら治療を進めようと救急箱から消毒液を取り出しそれを脱脂綿に浸す。 「俺が、悪いんだよ。マナー違反をしたからね。」 「マナー違反…かい?」 唇についていた血を脱脂綿で拭き取れば自嘲の笑みを浮かべながら臨也は呟いた。 その呟かれた言葉に、臨也にこの傷を負わせたのが誰なのか分かってしまった。 「…あの人の前で、あの人が一番嫌う行動をしてしまったんだ。」 「…臨也、その…あの人って…。」 「新羅が思い浮かべた人で間違っていないよ。」 「…ねえ、臨也…あの人は」 クスと笑った臨也に私は怖くなった。 その笑顔が明らかに人が浮かべるようなものじゃなかったからだ。 忠告のような言葉を発しようとした瞬間、臨也は僕の唇に指を押し当て黙るように促した。 「俺を愛してくれてるよ?今だって、本当はこの部屋に来たかったんだ。 だけど、来たら君が色々と煩いから、下で待っているんだ。 此処に来るのだって、俺は一人で来れたのに、あの人が途中でシズちゃんに会って更に怪我をしたら嫌だからって車を運転して連れてきてくれたんだよ。」 そうやって抑揚をつけて話す臨也の顔は恋した少女のように幸せそうだった。 その表情に私は少なからず恐怖を覚えた。 だってあの臨也が誰かを思ってこんな顔をするなんて事は私の記憶には無かったのだ。 いや、誰かを思ってから浮かべられる表情は学生の頃からいくつかはあった。 例えば嫌悪や優越、そして…彼の歪んだ愛情による笑み。 だけれど、今臨也が浮かべている表情は今まで僕が見たどれにも当てはまらなかったんだ。 だからこそ、私は恐怖した。 自分が知らない臨也を見たことによる得体の知れない気味の悪さに恐れた。 「臨也、君…」 「俺も、あの人を愛している。それこそ、こうやって殴られてもいいくらいにね。」 「君のそれは愛情なんかじゃ、ないよ。君のそれは洗脳だ。」 洗脳、あるいは刷り込み。 それが一番正しい表現だと私は思った。 その表現に臨也は目を見開いた。 憤慨するかと思い、少し身構えた私だったが次の瞬間、私の身に降り掛かったのは臨也の怒りではなく、微笑みだった。 「ふふ…そうかも知れないね。 ね、新羅…鳥は初めて見たものを親だと思うだろう?俺のこれもそれに類すると思えるんだよ。 今まで知らなかった世界であの人を初めて見て、俺はあの人に心を囚えられたんだ。 それにあの人にも俺は必要な存在なんだ。」 「君は利用されているだけだ。 これは君の友人だと思っている僕からの心配と、裏の世界に立っている闇医者からの忠告だ。 君は彼と距離を取ったほうがいい。」 「…新羅、お前にとやかく言われる筋合いはない。 たとえ利用されていたとしても、あの人の役に立てるならそれで良い。」 治療を進めながら話す内容ではないと思いながらも私は饒舌になった。 ある意味、それは意地だったのかもしれない。 これは私のエゴだと思いながら臨也に人並みの幸せを求めた。 利用されていることが愛情だという臨也。 結局、臨也にとっての幸せは僕には到底理解しがたいものだった。 だけれど、臨也が彼を語るときの表情は僕や静雄、門田くんですら見たことのない表情だったと思う。 友人として臨也には人並みの幸せになってほしい、と願う僕は臨也を彼から引き離したかった。 これ以上、傷つく臨也を治療するのが嫌だったからだ。 だけど私が何を言おうとも臨也は彼を盲目的に愛し、信じて、尽くすのだろう。 そして時折、構って欲しいというように彼の前で粗相をして、躾てもらって、此処へ来る。 静雄に傷つけられた身体を治療するよりも、その時のほうが怪我が酷いのはきっと静雄が心の底では臨也に好意を抱いているから手加減をしていて、彼は臨也を駒としか見ていないから平気で急所すれすれの場所を傷つけるのだと思っていた。 だから、だからこそ、引き離したかった。 何れ臨也が彼に殺されるんじゃないかと、不安だったからだ。 だけど、臨也は彼から引き離されればそれこそ、一生僕を憎み、恨み、幸せからは遠のくだろうって事はすぐに理解していたから、それを実行することは出来ないでいたんだ。 実行しなかった事を後悔するのは、それからすぐだった。 その日、確かにガチャリ、と玄関の扉が開く音が聞こえた。 その日はセルティもいて、誰か…と言ってもこうやって勝手に入ってくるのは2人しか知らないし、用もないのに来るのは1人に限られていたからすぐに入ってくるだろう、と思っていた。 だが数分待っても入ってこない。 そのことに疑問を抱いたセルティはパタパタと玄関へ続く扉を開き、玄関へと向かった。 僕はその後ろ姿をどこか不安な気持ちで見つめていた。 【新羅っ!!】 玄関へと向かったセルティが慌てて戻ってくる。 その手にはPDAと一枚のカードのような物があった。 「どうしたんだい、セルティ。そんなに慌てて…。」 【こ、これが、げ、玄関に!】 「…メッセージカード…?」 震えるセルティの手によって渡されたカードには学生時分から変わらぬ、細く綺麗な文字があった。 『今までありがとう。 -折原臨也-』 そう書かれた白い百合の花が描かれたメッセージカードに嫌な予感がした。 臨也がこんな言葉を寄越すなんて、何か良くない事が起こるに決まっている。 臨也があの男と共に死んだと聞いたのは、その日の午後だった。 臨也の死に顔は、とても綺麗で、幸せなものだった。 幸せの定義を 誰が決めた *** ピクシブに上げた四木臨。 心中ネタでしたがこれの四木臨視点も書きたい。 来年は書きます。多分。← |