光彩奪目




情報屋が機嫌を急降下させて帰っていった日から明くる日。
四木がデスクにて書類整理をしていれば いつものように突然やってきて此方が了承するより前に勝手にソファに座り込む赤林に溜め息を吐きながら一体何の用だ。と四木は効果が無いと分かっていても睨みつけた。

「ねー四木の旦那ー。」
「甘えた声出さないで貰えますか不愉快です。
というか何故今日もまた此処にいるんです。」

赤林のその強面の顔に似合わぬ声に思わず顔を顰める四木はさっさと帰れという態度を改めることはしなかった。
この男のこういったふてぶてしい所が四木は少し苦手で苛立つことも多々あったのだがそれでも昔から粟楠会での仕事を含め、私用でも着かず離れず適度な距離を保ったままの関係は変わろうとはしなかった。
だからこそ今まで上手くいっていたのだ。

「いやー。
あの綺麗な情報屋さん居るかな、と思って来てみたんだけどさー。」
「毎日居るわけじゃないですからね。
見ての通り居ませんよ、お引き取りを。」
「いやいや、それならそれでちょっとお話しましょうよ、ね?」
「話す内容などありませんが。」

やはり目的は折原だったか、と思うも直ぐに話が変わったことからただの口実だったかと思い、きっぱりとそう四木が言えば赤林はサングラスのブリッジを押し上げながら一言、人払いをしてあるだろうから誰かに聞かれている可能性は低いのにも拘らず囁くように言った。

「情報屋さんについて、なら沢山あるでしょ?」

その一言に四木は驚いた。
何故なら赤林の昨日の折原への興味はその場限りの物だと思っていたからだ。
そして今日訪れた際に言った『情報屋が居るかと思って』もただの口実に過ぎないのだろうと思っていた。

この男は基本的に何でも興味を持つ。
それが人だろうと物だろうと何にだってだ。
だがすぐに飽きもする、赤林はそんな男だった。

なのにどうだ、折原に対する執着っぷりは。
四木は今まで一度だって、こんな風に誰かに執着するような赤林は見た事がなかった。
いや――― 一度だけ、あったか。
だがあれは色恋であり、今の状況とは違っていたのだ。

四木は今まで赤林と話しながらも目を通していた書類を置きソファに座る赤林を見て続けた。

「…随分、気に入られたんですね。」
「あれだけ綺麗だとそれも当然でしょう?
第一、四木の旦那が一番気に入られている。」
「綺麗なものは好きですからね。」

"綺麗"
たしかに折原臨也を形容するならば"綺麗"という単語が相応しいだろう。
だがそれだけではない"何か"が彼にはあった。

それをこの男――赤林も気付いたか感じ取ったかしたのだろう。


「それだけ、ですかねぇ?」
「そういう赤林さんこそ、ああいう生意気な子供はお好きじゃないでしょう。」
「いやいや、私は子供は普通に好きですよ。
ただ、ねえ…あの子は特別だ。
何処か人の心を引き寄せる力を持ってる。
魅せられるっていうんですかねぇ?あの、赤い眼。
あれがどうもいけない…。」

そう淡々と、だが何処か熱を孕んだ口調で折原について語る赤林の眼は獣を想わせるような目をしていた。
いや、獣というよりも…雄の眼をしているといった方が正しかったかもしれない。

そして四木も同じように獣のような雄の眼をしていた。

「どうやら、」

その赤林の眼を見た四木は一瞬、呆れたような顔をした。
それは赤林に対してか自分に対してか、はたまた此処にはいない折原臨也に対してか。
きっと表情を浮かべた四木にすら分かっていないだろう。

「私も貴方も既に手遅れのようですね。」
だが一つ言えるのは自分たちは既にまだ年端もいかない子供に魅了されてしまっているという事だ。


「ある意味、可哀想だよねえ…。
まだ若いのにこんなおいちゃん捕まえて…。」
クツクツと笑う赤林はその瞼の裏で折原を想い浮かべているのだろう。

「…年齢は関係ないでしょう。」
「そうじゃないよ…。
まだ堅気さんなら良かったのに、って話さ。」
「…ああ、そちらの意味でしたか。」
確かに堅気に惚れられるならいくらでもあしらう方法はあっただろう。
だが此方の世界、ましてや片方しか足を突っ込んでいない子供にとっては畏怖すべき存在である。
あの子供を陥れる事だって簡単にできる。

そうして逃げ場を失くし否応になしに無理やりにでも自分の物にすることだって、出来るのだ。

四木はそういった事をするつもりは無かったが、他の取引相手だったり、それこそただその場に居合わせただけの人物が金と権力に物言わせ、そうする可能性だってあるのだ。
四木は折原にそういった事の危険性や警戒心を今一度きっちりと躾けるべきだな、と考えた。
結局は自分以外の者に好き勝手食い散らかされるのが嫌なのである。

「でも、仕方ないよねぇ…ああいう目をしてちゃ、さぁ…。」
「無意識にですから、天性の物でしょう。
アレは治りませんよ。」

折原の眼は男の嗜虐的な欲や支配欲を煽るような眼をしていた。
男だというのに無自覚に男を煽り身を滅ぼさせる、悪女のような性質を持っていた。

「…全く…末恐ろしい子供だよ…。」
折原がその事を自覚し、悪用すれば騙される男はそれこそ星の数だけいるだろう。
下手をすれば此方も食われかねない。

そう考える四木と赤林は自然、笑みを浮かべていた。

「そう言いながら、成長が楽しみでしょう、赤林さん。」
「そういう四木の旦那こそ。
…今のうちに自分好みに躾けておこう、なんて魂胆が顔に出てますよ。」
「別にそんなつもりは無いですけどね。」
「無理強いは良くないよ。」
「これでもあの子供には懐かれていますからね、貴方と違って。」
「…そりゃ、俺が無理強いしようとしてる、みたいな言い方だな、四木の旦那。」
「おや、そう聞こえましたか。
これは失礼しました。」
「…あの子供を挟んだら途端にいけ好かなくなるな…四木の旦那。」
「それは此方の台詞ですよ、赤林さん。」

互いに笑みを浮かべながらも言いあう姿は微笑ましさなど皆無でただピリピリとした一触即発の空気を生み出すだけだった。
この場にこの二人以外の誰か、というよりも部下がいればその額や頬からは滝のように冷や汗が流れおちていただろう。

「…まったく…」
「本当に末恐ろしい子供だねぇ…。」

「その身一つで粟楠会が割れちまうんじゃないかって冷や冷やするよ…。」
「…あれは私の管轄だ。
他は手出ししない約束でしょう。」
「だけど、あの子供から青崎や風本に接触しちまえばそんなの関係ないでしょうに。」

その言葉に四木の眉間がピクリと動いた。
確かに、いくら上から任されているからと言っても折原自身が行動を起こしてしまえばそれまでなのだ。

「きっちり…躾けますのでご心配なく。」
「良いなぁ…なんで四木の旦那にしたんだろうね…情報屋さん…。
まぁ…噛みつかれないようにねぇ、四木の旦那。」

揶揄うような赤林の言葉に表情を変えずに四木はほんの少しの意趣返しも含めて返答を返した。

「赤林さんもあんまりしつこいと嫌われますよ。」
「…余計なお世話だよ四木の旦那。
それに忘れられるよりは幾分マシだねぇ…。」


ああ、全く―――末恐ろしいガキだよ、情報屋の折原臨也は。
ヤクザ者を尽く手玉に取ってしまうのだから。


***
臨也にメロドッキュン(笑)な四木と赤林。
ほんとにそのうち内部戦争が勃発するんじゃないかと…。
臨也恐ろしい子!


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