暗中模索折原臨也が粟楠会の四木に保護されて数日が経ったが街は変わらず人が行き交いに日常生活を送っていた。 そして折原臨也も記憶を失くたというのに今までと変わりない生活を送っていた。 それが彼の"日常"だったかは別として、だ。 ここ数日は四木もわざわざ自分が出て行くような仕事と言う仕事もなく、家を出ることは殆どなかった。 その間、四木は臨也と過ごしていたのだが四木は内心臨也を甘やかしすぎてしまったと思っていた。 どうも自分が他の何かに意識をやるとそれを邪魔するようになったのが事の起こりだった。 彼にとって今は自分しかいないのだから不安なのだろうと好きなようにさせた。 構えと素直に言えぬのか言外に匂わす臨也に苦笑しながらも頭を撫でてやったりと構ってやっていた。 そして気付いた時には臨也は立派なまでに四木に依存しきっていたのだ。 今日、久々に事務所として借りてある仮の仕事場に顔を出すことになったとき、四木は甘やかしすぎてしまったと自覚した。 「それじゃ、仕事に行ってくる。 矢霧波江を呼んでおいた。昼には来るだろう。」 「いい。帰ってもらって。 此処で四木さん以外の人と居たくない。」 玄関まで見送ると言ってパタパタと着いてきた臨也に元々は臨也の部下であった女を呼んでおいたと素っ気なく言えば酷く不服そうな顔をしていた。 そしてそのまま不満を漏らした臨也に甘やかしすぎた、と自覚したのであった。 だが四木は無意識的に甘やかしてしまうのを直すつもりはなく、むしろもっと甘やかして自分にもっと依存させ自分が居なければ生きていけなくなるほどにするのも良いかもしれない、と思った。 そんな臨也に対する独占欲や支配欲丸出しの考えに内心で自嘲しつつも四木は臨也の頭に軽く手を置いて撫でてやった。 この行為がいけないとは分かっていても止めるつもりは四木には全くなかった。 随分自分はこの子供に絆されている。 そんなことを考えながら臨也の頭を撫でていた手を離した。 「…そうか。一人で大丈夫か?」 「うん、大丈夫。 …あ、でも波江さんに持ってきて欲しいものがある…。」 「持ってきて欲しいもの?何か必要なものでもあったか?」 「ん…着替え…欲しいなー、って。 わざわざ四木さんの部下に買って来て貰うのは悪いし…。 この恰好も悪くないんだけどね?」 そう言ってくるりと回った臨也の恰好は四木のサイズのシャツを纏いズボンなど履いていない状態だった。 別に四木の趣味ではない。 ただ、四木のズボンではウェストと裾が余ってしまい歩けばずり落ちるという状態になったからシャツ一枚に下着のみという恰好になったのであった。 その恰好に四木の理性が何度か揺るいだのだが、臨也は知る由もないだろう。 四木は何度も今の臨也は何も知らぬ子供なのだと自分に言い聞かせていた。 まだまだ自分も若かったということか、と思いながらも臨也の恰好を咎めるつもりも正すつもりもなかった。 そして正直に言うと臨也のその恰好を四木は気に入っていたのだ。 だから着替えが欲しいと言われ、それならばもっと早くに言えば良かったではないか、と四木は思った。 自分が疎ましく思っている間に、気に入る前に言ってさえくれれば、と怨めしい気持ちになった。 「…急にどうしてだ。」 「え、だって…四木さん居ないのにこんな恰好してても仕方ないでしょ?」 きょとり、としながら言った臨也に自分の中で何かがぷつりと切れた。 それではまるで、まるで。 「…あれ、今俺…?」 自分が発した言葉の意味と意図が理解出来なかったのか首を傾げる臨也に無意識に出た言葉だったかと結論付けた。 記憶を失って精神的に不安定なのか、それとも記憶の奥底が覚えているのか記憶を失う以前の臨也のような言動はいくつか見られた。 だがその後には必ず『どうしてそんなことを言ったのだろう』と首を傾げる臨也が居た。 これはもう一度闇医者に診せるべきか、と考えながら「矢霧波江にはそう連絡しておく。じゃあ行ってくる。」と言い残して玄関を出たのだった。 違和感なんてものは何時も感じていた。 それも当然だろう。 臨也は"記憶"を"失った"のだから。 *** 「四木の旦那、これを。」 「…なんだ?」 マンションを出れば少し前から停まっていたのであろう黒い車に乗り込めば運転手を務める部下が何らかの書類が入っているであろう茶封筒を手渡された。 四木はそれを受け取ると首を傾げた。 ここ数日間に起きた出来事を纏め上げたものかとも思ったが部下の態度を見るにそうではないらしい。 「折原臨也について最近の…動向です。」 「…最近の?記憶を失う以前のか?」 「はい。 どうも…情報の処理などは事前にしていたようです。」 「…そうか。」 臨也について調べるような指示をした覚えはなかったから部下の独自の判断だろう。 どうもこの部下は臨也に対して警戒心を抱きすぎているようだ。 ―――いや、折原臨也に警戒心を抱くなと言う方が無理な話か。 今の折原臨也も深くは知らぬ者から見れば心底怪しいだろう。 だが、今までの折原臨也を知る人間はそれこそ今の折原臨也は異常で何かあったとしか考えられない。 「…それと、折原が記憶を失ったであろう数日前から例の噂が流れていたようです。」 「…『例の噂』?」 「はい…『情報屋の折原臨也は消えた』という噂です。 池袋や新宿周辺に流れているようですが…。 出所は謎ですね。」 「…そうか。分かった。」 部下のその言葉を皮切りに茶封筒に入っていた書類に目を通す。 そこにはここ最近の臨也の取引相手や行動が書かれていた。 しかしこう容易く仕入れれる情報と言うのは臨也が自分から蒔いたもので真実など米粒ほどもないだろう。 部下いわく、事前に情報の処理をしていたとなると計画的すぎる。 臨也自身、何かが起きることを察知していたのか、自分から消えるつもりだったのか。 そして『例の噂』とやらは記憶を失くす以前からのものだとすると本人が流したか、あるいは記憶を失う原因となった何かが流したか、のどちらかか。 だが、人の記憶とはそう都合良く消えるものでもないだろう。 となるとやはり…。 複雑なまでに絡みあったものを紐解くようにして考えていけばまた複雑に絡まったものが現れる。 「…これは…」 「?どうかしましたか?」 「いや…何でもない。」 どうも何かが引っ掛かる。 何が引っ掛かっているのか分からぬ点が余計に薄気味悪い。 まるで誰かの掌の上で踊らされているようではないか。 何が引っ掛かっているというのか。 「…ああ、…そういうことか。」 暫くの間臨也について思案していた四木だったが事務所として使用している場所に到着した時ふいにある事象が脳裏を駆け巡った。 それは突然臨也が記憶を失ったという今まで起きた事柄についてパズルのピースが合わさるようにカチリと嵌ったのだった。 気付いてしまえば至極簡単なことである。 その真意は何だったのか覘けないが推測するにほんの些細な、臨也にとっては重大な事だったのだろう。 そして部下が車のドアを開き少し遅れてから四木が車を降りた時四木は「あれも存外、可愛らしい事をする。」そう小さく呟いたのだった。 「…しかし、用意周到の割にどこか抜けている…いや、それも計算のうち、か?」 四木が気付かぬとでも思っていたのか、気付いてどう行動するか気になったのか、それとも計算外だったのか。 そんな風に考える自分は随分退屈していたのか、はたまた独占出来ている事に気を良くしているのか。 いずれにせよ、もう暫くあれの思惑に付き合うのも悪くはないだろう。 ビルの階段を上がり事務所と使用している室内に入るまでの短い時間、一人思案し呟く四木の顔からは笑みが絶えることはなかった。 *** 四木臨で彼シャツ、とか、させてみた…。 何かに気付た四木さん。 色々段取りすっ飛ばしてます…。 次はマンションにぼっちな臨也のお話を書けると良いな! |