毋望之福



※途中で視点が変わります。


四木さんに連れられさっきお医者さんの事へ行った時にも乗った黒い車の後部座席に乗り込んだ。
なんだか四木さん嬉しそう。
どうしてだろう。
そんな事を考えてたらゆるりと優しい手つきで頭を撫でられたけど、なんだか、むずむずとこそばい感じがする。
でも全然不快感は無くて、すごく心地が良い。
もっと、なんて言ったらまるで子供だって笑われるかな。

「一人での外出は出来るだけしない方が良い。
貴方は有名すぎたからまた今日みたいなことが起きる。」
「…はい…。
……あの、…四木さん…。」
「なんだ?」
「今から何処へ行くんですか?それに、さっきの人は…誰…?」
「今向かってるのは私と貴方が住む場所だ。
さっきの男は貴方と同級の男…だが貴方を嫌ってる。」
「四木さんと、俺が住むところ…。
…嫌ってる…だから、あんなに怖かったんだ…。」

四木さんは咎めるような言葉のわりに頭を撫でる手つきは優しいままで声色だって凄く優しい。
俺のことを大事に思ってくれてるのがよく分かる。

車に乗る前に『大丈夫だ。』と言ってくれた四木さんの声は凄く温かかった。
さっき俺のことを引き止めたサングラスをかけたあの男の声は温かさなんてこれっぽっちもなかった。

ああ、そうか。
あの男は俺のことを嫌ってて、きっと…。
だからあんなにも、あんなにも…切ないような、すごく哀しい声をしてたんだ。


誰だったのか分からないけれど、ごめんなさい。
俺はこの人が大切で、もう、昨日までの日々には戻れないんだ。


***


車に乗って数分、着いたのはすっごい高いマンションの前だった。
そこで四木さんと一緒に車から降りれば『此処が今日から住む所だ。』って俺がマンションを見上げている隣で肩を抱きながら言ってくれた。

「すっごい、広い…。」
マンションのエントランスでぽつり、そう呟けばオートロック式なのか指でボタンを押してる四木さんは喉を鳴らして笑った。
俺の事務所兼自宅なんかのマンションよりも広い。
セキュリティの面も高性能なんだと思う。
だって俺のマンションは普通にエレベーターに乗って部屋に行くタイプだし。
オートロック式じゃないし。

「ここで広いと言っていたら部屋に入ったらもっと驚くのか。」
そんなことを言いながらに苦笑を浮かべてから俺の手を引く四木さんと一緒にエレベーターへと乗り込んだ。
少し、ドキドキしてる。
多分俺、部屋に入った瞬間に驚くことになるんだろうな、とか、色々考えちゃって、少し、興奮してるんだ。


「四木さん、俺ね、」

エレベーターの中で甘えるように四木さんの腕にぎゅっと抱きついて、肩に頭を寄せる。
四木さんは驚いた素振りも嫌がる素振りも見せずにどうした、と首を傾げてくれてる。

今までこんな風にふわふわした気持ちを持ったことはなかった。
きっと昔の俺もそうなんだと思う。
この人の前でだけ、俺はこんな風なんだ

「今すっごく幸せ。」

甘ったるい声で微笑んで見せたら四木さんは一瞬驚いた顔をして見せた。
でもすぐに『そうか』って微笑み返してくれた。

嬉しい。
俺、今本当に幸せなんだ。

こんな風に幸せを感じれるなんて思っていなかった。
俺にこんな人間みたいな感情があるなんて、思ってもいなかった。

ねえ、そうでしょ?
“情報屋”だった“折原臨也”さん。


***


エレベーターを降りて部屋に部屋に着いて中へと入ればやはり驚きを見せる臨也。
まるで子供のようにはしゃぐ臨也を微笑ましいなどと普段では抱くはずの無い感情を抱きながら見つめ、今までのことを冷静に考える。

住むために連れてきたマンションは己の自宅だった。
普段は寝泊まりするぐらいで近寄りもしない、ただ形だけの住まい。
そこに一緒に住もうと思ったのは今の状態の臨也を閉じ込めておきたかったからだ。
部下に指示して部屋の清掃を頼んだ。
きっと風呂と寝室以外には埃が積もっていただろう。

エレベーターの中で生じた違和感。
媚びるように甘えてくるそれは記憶を無くす以前の臨也の甘え方そのものだった。
記憶を無くしたからといっても身体は覚えてるのか、無邪気な雰囲気と艶めいた雰囲気に違和感を覚えるしかなかった。

そして、あの笑み。
台詞は抜きにしてあの笑みには驚いた。

何故ならアレは明らかに“情報屋”の“折原臨也”の笑みだった。
だが闇医者が言うには記憶喪失で間違いはないらしい。

やはり、日々の習慣というのは身体に染みついているもので記憶を失っても関係は無いものなのか。

何れにしろ、ここにいる折原臨也は自分から籠の中の鳥になりに来たのか。
今はまだ分からぬことだらけだが、唯一言えることはあの指輪が語るものが真実という、ただそれだけだという事だ。

「…四木さん…?どうかしたの?」

一通り部屋を見回ったのかリビングの入口で突っ立ていた俺に心配そうに尋ねてくる臨也のその顔は『はしゃぎすぎて呆れられたか』という心配をするようなものだった。
こういった分かりやすい面もあるというのに変なところで隠しごとが上手い子供に精一杯の優しさを向けるしか今は方法はないかと諦めて頭を撫でてやることにした。

「いや、何でもない。」
ゆっくりと頭を撫でてやれば安心したのか勢いよく抱きついてくる臨也の額に軽い口づけを施した。


***


さっき四木さんが言ってた通り広い玄関にびっくりして、きっと他の場所も広いんだろうなと思って急いで靴を脱いで中へと上がった。

玄関からリビングへと繋がる廊下にある扉を順番に開けたりしてから広いバスルーム、トイレ、広いキッチンに広いリビングと場所を覚えるように色々見回ってやっぱり全体的に広いことに驚いた。
でもそれ以上にどこもかしこも広いこの部屋だけど生活感の欠片も見当たらない気がして、少し不安になった。
生活感が無いように感じるのは多分、壁や床が白いからだと思う。
わざわざ張り替えたのか白いフローリングは何だか怖かった。

リビングをあちこち見ながらリビングから寝室に続くんであろう扉を開く。

やっぱりここも壁や床は白くて部屋の中央には黒いシーツで覆われたベッド、壁際には本棚でその隣はパソコンの置かれた割と小さめなデスクがあった。

あ、でもここは生活してる、って感じがする。
寝に帰って来るだけの家だったのかな。

此処で今日から俺と暮らすってことは今まで寝に帰って来るだけの家だったのがちゃんと生活する場になるんだ。

なんだか嬉しい。
この気持ちはきっと誰も入れなかった領域に入ることが許された優越感だと思う。

「…四木さん…?」
寝室から出てリビングに戻れば入口で何か考えているのか立っている四木さんを見て不安に駆られた。
もしかしてはしゃいでる俺を見て部屋に入れた事を後悔してる?

やだ、もしかして追い出されちゃう?
不安で不安で仕方なくて四木さんを見つめたまま泣きそうになる。

『捨てないで』

なんて子供みたいなこと言えない。
でも今の俺には四木さんしかいないんだ。

そうやって不安がっていれば近づいてきた四木さんが頭を撫でてくれた。
それが嬉しくてぎゅっと抱きついたらおでこにキスされた。


ああ、不安がることなんてないじゃないか。
俺は幸せなんだから!



***
臨也 ど う し た。って話ですね、すいませんm(. .;)m
っていうか急展開だな!(((゜д゜;)))
そして四木さんの部屋はツイッターから頂きました…。
次は話が飛びます。


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