雲散鳥没車へと乗り込んだ四木とその傍らにいた臨也を見送った静雄は漠然としないままその場に立ちすくんでいた。 自分の中で今起きた事を必死に整理しようと普段使わぬ脳をフル活用していたのだ。 だがそれもすぐに諦めてしまった。 それは考えても己には分かるはずがない、という静雄の考えと何処からか響いてきた馬の鳴き声のようなの音が聞こえたからだった。 その音の正体は静雄の友人であるセルティのバイクだとすぐに静雄は気付いた。 そして徐々に近づいてくるその音に周囲を見渡せば慌ててるのか急いでるのか、はたまた両方なのか一直線に此方へと向かってくるセルティがいたのだ。 その様子に珍しいな、と思う静雄は先ほどまで己が考えていたことを頭の隅へと追いやった。 臨也に割く時間や考えは己には持ち合わせていない。 そういった思考が静雄の中にはあったからだ。 「よぉ、どこ行くんだ?そんなに急いで…。」 通り過ぎるか、という時に静雄がセルティに尋ねかけた。 それを聞きつけてか、それとも最初から目的は静雄だったのか急ブレーキをかけてバイクを止めるセルティ。 やはりその姿は焦燥に駆られていた。 【静雄っ!すぐに来てくれ!新羅が呼んでいる!】 そしてバイクに跨ったままPDAを取り出し早々と打ち込まれ静雄へと見せられた文字列には焦りが見て取れたのだった。 *** セルティのバイクの後に乗りセルティと新羅が住むマンションへとやってきた静雄。 セルティが作りだした影で出来たフルフェイスのメットを被った静雄はそのまま部屋へと運び屋セルティによって運ばれたともいえた。 【新羅!静雄を連れて来たぞ!】 「ありがとうセルティ。 疲れただろうから部屋で休んでおいでよ。」 PDAに書き込みながら部屋へと入ればリビング中央に置かれたソファでコーヒーを飲む新羅が居た。 笑顔で迎えた新羅はセルティにそれだけを告げるとセルティは自分が参加していい話ではないのだと理解し自室へと向かった。 「おい、新羅…いったい何だってンだ?呼び出しやがって…。」 セルティが自室へ行ったのを見るとそれまで黙っていた静雄が口を開いてさっさと本題に入れと促した。 急かされた新羅は苦笑を浮かべて「まあ座りなよ。コーヒーで良いだろう?」と立ち上がりキッチンへと向かった。 長くなる話だと理解した静雄は新羅の言葉通りに先ほど新羅が座っていた位置とは離れた位置へと座り新羅が戻って来るのを待った。 新羅が自分の分と静雄の分のコーヒーを淹れ終えて戻って来ると静雄にマグカップを渡して早速本題へと入った。 「…臨也の話は聞いたかい?」 「…消えた、って話か?」 “臨也”の名前にピクリと反応を見せて答えた静雄に新羅はやはり聞いていたかと頷いた。 「そう。」 「…さっきノミ蟲に会った。だが様子が変だった。」 「だろうね。 …実は臨也ね…記憶を失ったみたいなんだ。」 会った、ということに驚くこともせず肯定し、臨也の様子が変だった理由を告げる新羅。 その新羅から出た言葉に眼を見開き手に持っていたマグカップを落としそうになる。 「あ゛?」 「俗に言う記憶喪失ってやつだよ。」 『まるで漫画みたいだよね。』と続けた新羅の声に笑みを浮かべているのかと思った静雄は新羅を伺い見た。 だが新羅の表情は硬く険しいものだった。 「だから“情報屋”の“折原臨也”は“消えた”って噂が流れてるんだろうね。 記憶が無くっちゃ出来ないだろうし。」 「お前…」 「実はさ粟楠会の人に頼まれて臨也を診たんだよ。」 だから記憶喪失という診断は僕が下したんだ。 痛々しく表情を歪めた新羅は小さくそう言った。 「ノミ蟲が…記憶喪失…。」 新羅のそんな様子に先ほど会った臨也の不自然さの理由に納得がいった。 だから俺が分からなかったのか。 だからあれほどまで怯えていたのか。 あんなにも、弱々しく見えてしまったのか。 静雄が思考を巡らせていれば気を取り直して、とでもいうように咳払いする新羅。 静雄は新羅にちらりと視線をやって続きを促した。 「それでね…いくつか不審な点があるんだ。」 「…不審な点?」 「うん。 粟楠会の人が言うには…身の回りの事…とくに情報については前もって処分してたんじゃないかって。」 「どういうことだ?」 前もって処分していた。 それではまるで自分の身に何かが起きるといのが分かっていたようではないか。 「…近々、臨也の身に何か起きるんじゃないかって本人は察知してたのかもしれないね。」 「そりゃ…。まるで、」 静雄は言うのを躊躇った。 いくらあの臨也でも自分の身をかけてまでそんなことをするだろうかと思ったからだ。 だが、あの臨也ならば…そう思えてしまう自分も居た。 「うん、仕組まれたみたいでしょ?だから粟楠会の人間は此処へ記憶を無くしたという臨也を連れてきた。」 躊躇われた言葉を新羅は読み取り、そして自分が臨也を診た状況を説明するために続けた。 「本当に記憶を無くしてるのか、診断させるためにか?」 「話が早くて助かるよ。簡単に言えばそうだね。 合法的な病院へ連れていくには彼らは立場上危うい。 ならお抱えの医者…しかも臨也とは知り合いってことで連れて来られた。」 にこにこと順調に進む話に気を良くしているのか新羅は更に喋り続ける。 まるで喋り続けていないとどうにかなってしまうんじゃないかというくらい。 「正直言って驚いたね。 此処に連れてこられた臨也は四木…ああ、粟楠会の幹部の隣で怯えてた。 見慣れぬ場所に連れて来られたうえ、束縛されてたからね。」 「束縛…?」 「そう、逃げられないように…なのかな?」 こんな風にさ。と言いながら新羅は自分の両腕を胸の前で合わせた。 「革の拘束具でね、両腕を束縛されてた。 でも、彼は逃げるどころか…その場で一番権力を持ってるであろう四木という男の腕にしがみ付いてたんだ。」 本能で察知したのかな、自分を守るための術を。 クスリ、と笑った新羅に静雄は黙った。 「臨也があんな風に怯えてるなんて只事じゃないと思ったよ。 だから診察してみて何だか納得したんだ。」 「…記憶を、無くしたってなんで分かったんだ?」 「…僕のことを知らなかったうえに、自分の名前すら言えなかったからね。」 「!?」 「過去の記憶…特に自分に関わったであろう物は全て忘れてるみたいだった。 生活に関すること…は何とか分かるみたいだけど、周りの人間については何一つ、覚えていない。」 まるで赤ん坊にでもなったみたいだよ。 小さくため息を吐いた新羅はそれでね、と更に続けていった。 「でも…唯一覚えてたのは…臨也が両手の人差し指にしてた指輪、覚えてる?」 「…ああ、学生んときからしてたヤツだろ?」 「そう。それだけは誰かに貰ったんだ、って分かるって言ってたよ。」 静雄は臨也の状況を自分に置き換えてみた。 だがもし自分が記憶喪失なったとして唯一残された記憶が指輪についてなど、あり得ないと思った。 自分のことよりもその指輪が優先されている。 そんなことがあり得ない、と思ったのだ。 「なんだって…そんなことだけ…。」 「さぁ?…でも、学生時代、あれは…貰ったばかりの頃だったのかな? 学校で指輪を見て凄く嬉しそうにしてた臨也を見た気がするんだ。 それだけ大事なものだったんだろうね。記憶の奥底にまで残るぐらい。」 それほどまでに大事なものが臨也にあったなんて知らなかった。 あいつは人間にだけ執着して生きてるもんだと思っていた。 それなのに自分よりも指輪への思い入れの方が強いだなんて、静雄は今更になって意外な一面を見せられた気がした。 「…それで、臨也のヤツ…。」 「粟楠会が世話をするそうだよ。 それで僕は時々往診に行くことになった。」 世話というよりも…軟禁とでもいった方が良いんじゃないかな、あれは。 「心配、だよねえ…やっぱり。」 呟く新羅に静雄は答えようとはしなかった。 静雄にとって臨也は殺したいほど憎んだ男だったのだから記憶を失ったからといってそれは変わることはなかった。 だが、心のどこかでは少し心配だという感情が生まれていたのだがそれに本人は気づこうともしなかった。 いや、むしろ…気付かないようにとその感情に蓋をしたのだった。 *** 無駄に新羅を喋らせすぎた。 説明キャラですね、はい。 次は四木臨です、多分。 |