天地開闢



「人ラブ!そう、確かに俺は人間を愛してる!」

夜、この池袋で輝くネオンは新宿歌舞伎町に比べ少ないものの途切れることはなかった。
行き交う人々は老若男女、様々だ。

そうやって多くの人々が行き交う池袋の街を廃ビルの屋上から見下ろす一人の男が居た。

この男は人間を愛していると常々公言していた。
そしてこの街にはこの男の愛している人間たちが歩き、笑い、泣いて、暮らしていた。

その街に細く影だけを残した男は見下ろし惜しむような笑みを浮かべたのだ。

男が愛したはずの人間は、男を愛しはしなかった。

男はそのことに絶望を覚えることは無かったが愛されることを渇望した。


そして男は…


「今も俺は人間を愛している。

…だけども、さよならだ。」


その一言を残して男は、闇へと溶け込むように街から消えた。


***


新宿の情報屋・折原臨也が消えた。
その噂ともいえぬ噂は瞬く間に新宿、池袋へと広がった。

だが、折原臨也の姿は新宿でも池袋でも確認できていた。
新宿にも池袋にも噂が立った後も折原臨也を見たという人間が多くいるのだ。

彼を知らない人間は大勢いる。
だが、彼を知る人間も大勢いた。
それは良い意味でも悪い意味でも、であった。

そしてその人間は口を揃えて言うのだ。

『折原臨也は消えた。』と。

それは文字通りの意味で“消えた”のではなく情報屋の折原臨也は意識的な意味合いで“消えた”のだった。


「臨也さん…いったい、どうしちゃったんだろうね。」
「さぁなー…どうせあの人のことだ、自分で噂流したんだろ。」
「…それなら良いんだけど…。」

池袋の街中に流れる噂に耳を傾け話しながら来良学園の制服を着た男子生徒が2人、池袋の街を歩いていた。
彼らは噂の人物である折原臨也を知っている一見“普通”の人間だった。
だが彼らは互いが互いにに知らぬ間に非日常へと足を踏み入れ“普通”の人間から遠ざかっていた人間でもあった。
彼らが話す折原臨也は彼らがその非日常へと足を踏み入れるように道を作った人間でもあったのだがそれを知らぬ彼らは片やその身を案じ、片やその話を疑った。

「こうして話してたら臨也さん、やってきそうだよね。」
「…来ないんじゃないかな、あの人。」
「そう?正臣はなんでそう思うの?」
「…いや、だって静かだし…。」
「ああ、静雄さんも静かだしね。」

街を歩いていれば、つい先日まで24時間戦争コンビと呼ばれていたはずの2人の争いはここ最近起きていないことに気付いた。
それは折原臨也がここ最近池袋に来てはいない、という証明にもなっていた。

「しっかし…あの人がこの街に居ないだけでこんなにも平和だとはな〜!
いやー良いことだ!」
「…そう?僕はそうは思わないけど…。」
平和を楽しむ紀田正臣とは対照に平和が退屈だと考える竜ヶ峰帝人。

彼らの世界観は等しく不平等であった。
真実を知らぬままに踊らされる。
それが彼らの運命だったはずなのだが彼らを駒のように扱っていた人間が消えたのだ。
彼らが駒として使われていたという事実すら知らぬ間に。


「あ、あれって…静雄さんじゃない?」
「え、あー…って、一緒に居るの臨也さん…?」
「あ、ほんとだ…。」
60階通り前、そこに話の中心人物たちはいた。

だが、普段とは雰囲気が違って見えた。
それはその場に居た人物だけではなく、中心人物であるはずの平和島静雄と折原臨也もそうであった。


異質かつ非日常なものが集まる街、池袋。
何時もならば出逢い頭どころか見つけた瞬間から自動販売機やごみ箱を投げつける平和島静雄だったが今日は違った。

何故か。

それは本人にすら分からなかった。
消えたと噂されていた男が目の前にいたからか、あるいは普段と纏う雰囲気が全く違っていたからなのか。
平和島静雄はそれが分からないでいた。

だが唯一分かったのは平和島静雄が知る『折原臨也』は確かに『消えていた』のだ。
何故なら普段、折原臨也が平和島静雄を見つけた瞬間の行動は平和島静雄を『シズちゃん』と呼び人の食ったような笑みを浮かべて喋りかけるといものだった。
だがそれに対し、今日は平和島静雄を見るどころか視界に入れもせず素通りしようとしたのだ。
その折原臨也に驚いた平和島静雄はとっさに折原臨也の肩へと手を掛け引き止めたのだった。

「ひっ…!!!」

だが、その瞬間折原臨也は悲鳴を上げた。
それは平和島静雄にとって初めて聞いたものであり、きっと、この街に住まう誰もが想像すらしていなかっただろう。
あの『折原臨也』がか細くないものの悲鳴を上げるなどと。

「え、だ、だれ…!?」
肩を掴む平和島に怯えるその様はまるで見ず知らずの人間で平和島は一瞬人違いだったかと焦った。

だが、怯える男の眼は折原が持つ赤い瞳と同じ目をしていたのだ。
見間違えるはずがない。
この男を恨み、殺すために生きていたといっても過言ではないはずの来神時代、そして成人してからもそれは変わらなかったのだから。

「おいっ、ノミ蟲?!」
「やだ、だ、れ…!?離してよ…!」
「お前、何言ってんだ!??」

怯える折原に平和島は自分を騙すための演技かと思ったがその目映っていたのは仕事中に良く見る本当に怯え恐れる人間の目だった。

それが更に平和島の中に芽生えた不安を煽った。

これは自分が知る男ではない。
どうしてこうなったのだ。

普段は物を深く考えぬ平和島が思考を巡らした瞬間、折原と平和島の前方から白のスーツを身に纏った男が現れた。
それと同時に折原の肩へと置かれていた平和島の手がそっと離されたのだった。

平和島の手を離した男はあくまで表世界にいる平和島や裏と表を行き来する折原たちとは違って一般人ではなかった。

その男は裏社会に存在する粟楠会という組に属し、なおかつ若くして幹部まで上り詰めた四木という男だった。

この男が池袋に、いや表社会にこうやって現れることは難しいだろう。

普段は絵画を取り扱っているという虚空の会社で代表取締役をしている。
だがそれでも、表に立つことは少ない男だった。


「おや、平和島さん、どうかしましたか?うちのが。」
「!四木さん…!」
「っ、あんた…!」

その男が現れた瞬間、折原の顔には安堵の表情が生まれた。
それはまるで迷子になっていた子供が親を見つけたような、安心しきった顔だった。

四木は平和島の手を離してから四木の後ろへと隠れるように移動した折原が何かしでかしたかと尋ねた。
隠れる折原は子供のように四木のスーツの裾を握っていた。

その様子に平和島は無意識に畏怖した。
折原は一体どうしたのだと。
ついに性格だけでなく精神、いや全てがおかしくなったのか、と。

「…“これ”は貴方の知る“折原臨也”じゃありませんよ。」

恐れを抱いた平和島に気付いた四木は笑って言った。
その笑みは営業用の物であったが、けして優しいものではなかった。

「そりゃ、一体どういう…。」
しかしその笑みに怯えるような精神を持ち合わせていない平和島は四木の後ろに隠れる折原から目を離さずに言葉を紡いだ。

平和島にとって今の折原の姿に目を離さないでいるのではなく、離せないでいるのだ。
目を合わせようとしない平和島に四木は背に隠れる折原の肩を抱き、己の背後ではなく隣へ立たせた。

その仕草は慣れ親しんだものであり、先ほど平和島に肩を掴まれた時に見せた怯えなどは一切なかった。

「言葉通りです。
“情報屋”の“折原臨也”は“消えた”。」

「じゃあ、アンタの隣に立ってるそのノミ蟲はなんだってんだ?いったいよお。」
ビキリと平和島の米神に青筋が走る。
ただでさえ短気な平和島がこの脈絡の無い話に耐えれるはずが無かった。
第一、耐えれるならば出逢い頭に折原へと自動販売機やごみ箱を放り投げたりはしなかっただろう。

「…これは“情報屋”でもなく“折原臨也”でもない、用無しになった“イザヤ”だ。」
「はぁっ!?」
「そうですね…簡単に言えば私の“愛人”ですよ、平和島さん。」
用無し、になった折原を愛人だという四木。
その言葉に驚く平和島を構わず更に続ける四木の顔はどこか清々しかった。

「ああ、ご安心を。
もう貴方の前には…いや、池袋に、これは現れさせませんから。」
これ、というのは折原だということは理解できた。
だが現れさせない、というのは四木が折原を連れださないとでも言っているようなものだった。

それに違和感を覚える平和島。

「それは貴方にとって死んだも同然でしょう?良かったじゃないですか。
これで貴方が望んでいた平和な日常がやって来る。」
にこり、と笑う四木に言葉を失う平和島。

確かに平和島にとって折原のいない日常は喉から手が出るほど欲していたものだった。
だが、いざとなって突然、ましてや他人から差し出されるとは思ってもいなかった平和島は混乱していた。

折原が消えたことに喜んでいいのか、それとも他人によって奪われたことを嘆けばいいのか。
平和島には分からなかった。
だが、平和島に一つだけはっきりと言えることがあった。

『それはありえない』ということだった。

それでは、と言い残しその場を去る四木と折原。
四木の手は折原の肩からは外れて折原の腰へと回されていた。
そして黒いベンツが止まるとその車へとゆっくり乗り込んだのだった。

それを見送る平和島の脳裏には憎たらしい顔から怯えた顔へと変わり安堵した顔をする折原が映っていた。


***
書きたくて仕方が無かった四木臨前提静→臨です。(まるで呪文のようだ…)
うちの四木臨は相思相愛で甘々な感じです、多分。
良いじゃないか、こんな四木臨があったって。
ここまでお読み下さり有難うございました!



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