この世の中はそんなに優しくない
そんなことはもう分かっていた
いつも通り、求人情報誌と新聞を持って公園のベンチで煙草を吹かしていた
見上げた青空が憎い、なんて思いながら視界を霞める紫煙に目を細めた
「あ 長谷川さん」
「お リサちゃん」
背後から聞き慣れた女の子の声がして振り返ると、銀さんの万事屋に住み込んでいるリサちゃんだった
風呂敷包みを抱えて立っているだけでも可愛く見えてしまうのは、彼女に恋をしているからか俺が変態だからかマダオだからか、とにかく重症なことには間違いなかった
「今日もここですか」
「今日もここだよ」
良いお仕事ありました?なんて聞きながら彼女は俺の隣に腰を下ろした
ふわっと彼女の香水の良い香りが鼻を掠める
その香りが薄れるのが嫌で、吸っていた煙草を揉み消した
「リサちゃんは?」
「私?私は銀さんのおつかいの帰りです」
膝に乗っていた風呂敷包みを軽く持ち上げて見せながら、彼女は微笑んだ
その笑顔を見て、彼女が俺のものだったらと、一瞬有り得ない想像をした自分に心底呆れた
女房一人まともに幸せにもしてやれなかった癖に、十も歳の離れたこの子に懲りずに恋をするとは
男って、本当にいくつになっても馬鹿な生き物だ
「今日の夕飯どうするんですか?」
「まぁ、屋台にでも行こうかなって」
「私が何か作ってもいいですか?」
余りに自然な流れで発せられた今の俺にとっては衝撃的な言葉に、思わず彼女を二度見してしまった
「何か作る」とは、よくよく考えても考えなくても俺の家に上がり込むというわけで
一人暮らしの、しかも君に恋しちゃってる男の部屋に上がり込むってどういうことか分かってる?と聞きたかったが止めておいた
「ご迷惑ですか?」
「いや!いやいやいや!全然!」
「そう、よかった」
じゃあ…とベンチから立ち上がると、彼女は放心していた俺に再び笑顔を見せた
銀さんが彼女に手を出さない理由が分かる気がした
「一度帰ってからまた来ます」
「あ、リサちゃん…」
「?」
「あのさ…」
「どういうことか分かってますよ」
「うん…って、えっ!?」
「私、長谷川さんのこと」
「ちょっと待った!」
俺は彼女の言葉に思わず立ち上がって、次の瞬間には抱き締めていた
世の中は優しくなかった
でも、彼女はずっと俺に優しかった
悲観してばかりは、もう止めようと思った
「それはオジサンに先に言わせて」
夢見ていたものが今、この腕の中にある
「好きだよ、リサちゃん」