またご飯も食べずに仕事ですか
あの人は
「三成さん、入りますよ」
大谷さんから仰せつかった仕事(と言う名のただの伝言)を持って、私は返事をしない主のいる部屋に半ば強引に入りこんだ
部屋の主もとい石田の三成様は、振り返りちらりとだけ私を見て、またすぐに机に向かってしまった
日常よ、と大谷さんは言うけれど、仮にも一番偉い人が自分の身を顧みないというのは如何なものかと、残り物ばかりの御膳を見て私は毎回毎回思っていた
「ほんと食べないですよね」
「必要ない」
「今は必要としてなくても、そのうちツケが回ってきます」
「なんだ貴様は」
「え、今更自己紹介しなきゃならないんですか?」
この世界に来てもう二年もここでお世話になってるのにそれはあんまりだろうと、嫌悪感丸出しで抗議したら、そういう意味の問いではないから静かにしろと怒られた
家康さんへの執着心だけで生きていられて、その上怒る元気があるのなら今のところは心配なさそうだ、と
うんうん頷きながら呑気に構えていたら、キッと睨まれてしまった
可愛い奴、なんて思うのは私か大谷さんくらいだろう
「お腹が空くって感覚もないんですか?」
「ない」
「この間の戦の前にも、兵の方が心配してましたよ、せめてちゃんと食べてって」
「一兵卒に心配される筋合いはない」
私の言うこと言うこと、一々反応するというのは機嫌が悪くない証拠なので、そういうことしか言えないのはこの口か、と抓ってやりたかったが、そんなことをして結局機嫌を損ねたら、やっぱり命が危ないかもとやめておいた
「私を心から気にかけて下さるのは秀吉様だけだった」
私の頭の中が本来の話題からズレようとしていたら、三成さんがぼそっと震える声でそう呟いたのが聞こえた
いつまでも引きずるな、なんていうのは酷なのだろうけど…
「本当に秀吉様だけだったと思ってるんですか?」
「あぁ、あの方だけだった」
「可哀相な人」
「なんだとっ」
「それに、ひどいです」
大谷さんからの伝言なんか知るかと、私は部屋を飛び出した
大谷さんはともかく、兵士さん達(私も含め)の彼を想っての心遣いなど、彼自身は知る由すらもなかったのだと、改めての実感
ただ純粋に彼を慕っている人、恐れるがために従っている人、同情の人でも、ついてきてくれている人達になぜ感謝の気持ち一つも湧いてこないんだと
今、生きて、家康家康叫んでいられるのは誰のおかげだと
私は、"秀吉様だけだった"という彼の言葉が余りにも腹立たしくて、悲しくて、日頃の鬱憤も含め"部屋を飛び出す"という行為で爆発させた
そして、(仕事をせず)大谷さんの部屋へ帰って来て、大谷さんの顔を見たら思わず涙腺が緩んでしまった
「やれ、どうした理沙よ」
「あんなやつ嫌いだ、嫌いになってやる」
「三成にイジメられたか」
頭をぽんぽん叩かれあやされながら、私はこうなった経緯を大谷さんに説明した
「無駄よ、無駄。太閤が消えてからというもの、今まで以上に奴には何を言おうと骨折り損よ」
「分かってはいましたけど…ほんとになんにも、これっぽっちも気づくことさえ出来ないんだなと思ったら、もうなんか悲しくて」
「ぬしは変わり者よな、ほれ、われが慰めてやろ」
そう言った大谷さんに擦り寄って、しばしの間胸をお借りした
「私、本気ですよ、本気で三成さんがいつか倒れたりするんじゃないかって、食べなきゃ体の免疫力も低下するし、うっかり風邪でも引いて拗らせて、とか…」
「よいよい」
「兵士さんが心配してたのも私知ってるし、それなのに……秀吉様が亡くなって悲しい、悔しい、そういう気持ち、私も大事な人亡くしてるので…もちろん分かります…けど、"今"傍で支えてる皆さんのこと無下にしていい理由にはならない…ですよね」
まぁ支えられてるなんて微塵も思っていないんでしょうけど、と半ば自嘲気味に笑って私はすんっと鼻を鳴らした
始終ニヤニヤしていた大谷さんに一通り愚痴を言ってスッキリしたので、私が、聞いてくれてありがとうございましたと言おうとした矢先、部屋の襖が勢い良く開いた
「理沙」
「み、つなりさん」
われは用事を思い出したとか何とか明らかな嘘を言って、愚痴を聞いてくれた大谷さんは、またニヤニヤしながらふよふよ何処かへ行ってしまった
まさかの飛び出した部屋の主と二人きりというこの状況
気まずい、という言葉だけでは言い表せないほどの空気に包まれている気がする、のは気のせいだと思いたい
「貴様は私にどうして欲しい」
「…ここでS発言は止めて下さい」
「えす?何だそれは」
「いや、いいです」
「だから、どうしたら貴様の機嫌が直るのかと聞いている」
こんな質問をするなんて、もしかしなくてもこの男は、私が部屋を飛び出したということに少なからず動揺しているのか、と思い、ここぞとばかりに…
「もうちょっとご飯食べましょ」
「何故だ」
「心配なんです」
「何故だ」
「三成さんが好きだからです……あ」
思わず口を突いて言ってしまったが、間違いではないので訂正はしなかった
少し驚いている様な表情の彼を見ると、案の定全て(私が彼を好きとか私も兵士さんも本気で気にかけてるんだよとか)において何も気付いてすらいなかったようだ
「信じるぞ」
「はい…って、え?」
「二言は許さない」
そう言った彼に大谷さんの部屋から連れ出された
「刑部への愚痴、全て聞いていた」
「うそっ」
「あの後すぐに追い掛けたら、刑部に泣き付いていたから声を掛け損ねた」
「悪趣味」
「黙れ」
抱えられながら悪態をつき合っていたら、彼がふっと小さく笑った気がして、もう報われなくてもいいかと思ってしまった
「一兵卒にも声を掛けておく」
「うそっ」
「だから何なんだ貴様は」
「ほんとに三成さん?」
「馬鹿にしているのか」
「あ、もうすぐ夕餉だ」
これから起こることを予測した彼が、ゲッソリした顔をしていたのは見て見ぬふりをしてやろう
自分のため、みんなのため
ちゃんとご飯食べましょうね
愛でご飯を食べていく
われはてっきり夫婦漫才かと
夫婦ではないっ…まだ…
ヒヒッ