明日の戦の準備で
皆が忙しなく動き回っている頃



「あ 雨だよ」



私の自室の縁側で、小太刀の手入れをしていた理沙が
いつの間にか雲に覆われた空を見上げて、私と刑部の話を遮るように言った



「雨か」

「明日には止むかな」


独り言のように呟いて、理沙はまた下を向いて愛刀の世話をする

ゆうに二十歳を越えた理沙が、妙に子供のように見えた



その日の夕刻

夕刻といっても
雨雲のせいで辺りはすでに暗かった

止む気配が微塵も感じられないほど雨足は徐々に強くなり、半兵衛様も少々気が滅入っているようだった



そんな中
談笑のような軍議を進めていると
理沙が近付いてきて、私の隣りに座った


「三成 半兵衛様が呼んでるよ」

「ああ 後で行く」

「ん」



理沙は私の隣りに座ったまま、黙って自分の手元を見ている



「どうした」

「別に どうもしないよ」



綺麗な白い肌
私とは違う色の髪
それを改めて見つめてみる

内心私は、理沙が傍にいると心の臓が落ち着くことがなかった

秀吉様の左腕である私が
秀吉様以外の人間に、秀吉様に向けるものとは違う気持ち、愛しいものに向ける所謂愛情を向けることになるとは

言ったらきっと
刑部に笑われるであろう気持ちであることは、薄々どころか完全に感づいていた


「あのね」


ふいに理沙が口を開いた


「なんだ」

「私ね 三成のこと好き」

「理沙」

「好き だと思う」



色々考え過ぎて、幻聴が聞こえたのかと思ってしまった


「なぜ 今言う」

「言わなきゃならない気がして」



女にしては低めの
でも心地が良いいつもの声で

下を向いたまま言う理沙は


とても綺麗だった



「雨 止まないね」


下を向いていたかと思ったら
今度は顔を上げ、外を見ていた



「止まないと 明日困るね」

「私には関係ない」

「三成は強いもんね」


理沙は、切なげに笑って私を見た

その顔に見惚れていたら返事をし損ねたので
私は、明日の戦が終わったら私の想いも打ち明けてやろうと
これでもかというほど抱きしめてやろうと、心に決めた



「これ、三成」


静かな甘い雰囲気もつかの間、私がなかなか現れないことに嫌気がさした半兵衛様が寄越したのであろう刑部に
理沙との会話を邪魔されてしまった

この時程、刑部を恨んだことはなかったと思う





♂♀





『雨 止まないね』


理沙の声が、何度も頭の中でこだまする



此度の戦の最中、変わり果てた姿で本陣に運ばれた理沙を前に、私はただ、よくやった、と呟いて理沙の髪を撫でてやることしかできなかった

私の気持ちを言ってやれなかった悔しさと情けなさと、
早く焼いてやれという刑部の声も耳に届かないほどの消失感に、震えるばかりだった


私は刀を握り締め、淀んだ空を見上げた





「殺してやる」





灰色静寂に細雨





雨は、もう止まない





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