〜もし黒子っちがエレンくんの幼馴染だったら?〜


【1.審議所にて】


 唐突に、牢の中に現れた空。
 この閉鎖空間に押し込まれてから、エレンは一度も外に出させてもらえなかった。地下牢であるが故、外からの日の光はまったく差し込んでこないため、時間の感覚があやふやになってしまった。数時間前に顔を出した見張りの男がこれから飲みに行くと言っていたから(さすが憲兵団だと改めて実感したものだ)、恐らく夜だろう。
 昼夜問わず薄暗く、ランプの光はひどく頼りない。
 そんな中に立つ鮮やかな空色の髪と瞳の少年は、エレンの大切な幼馴染であった。憲兵団管轄の牢に忍び込むなんて大胆なことをしているとは微塵も感じさせないポーカーフェイスは尊敬するべきなのか、呆れるべきなのか。

「こんばんは、エレンくん」
「テツヤ…おまえ…」

 空色の瞳がエレンを安心させるように緩やかに弧を描いた。

「なん、で…」
「影の薄さに感謝する日がくるとは思いませんでした。普段は不便でしかないですからね」
「…うーそつけ。俺を散々脅かして楽しんでるくせに」

 ぷくりと頬を膨らませると、テツヤは「そうでしたっけ?」とケロリと笑った。
 幼馴染という関係の二人は、幼い頃からいつも一緒にいた。頭に血がのぼりやすく、これと決めたら一直線、無鉄砲なエレン。いつでも冷静で、だけど誰よりも熱く、負けず嫌いなテツヤ。正反対な性格で、一見合わないように見えるが、実の所非常によく気が合うのだ。

「怪我の具合は…見た所問題なさそうですが。異常な治癒力。これも巨人化の影響でしょうか?」

 淡々と話すテツヤは、トロスト区奪還作戦において、エレンが巨人になる様を真近で目撃している。最近ではよく晒される怯えでも、憎しみでもない、純粋に幼馴染に降りかかった異常を心配してくれていることに気づき、なんだかむしょうにくすぐったくなった。凍っていた心に熱いモノがポツリと零れ落ち、じわりと波紋のように熱が伝わって行く感覚に目頭が熱くなる。

「…そうだと思う。俺もよく知らないんだけどさ。なんで今まで隠してたんだーとか言われても知らないっての」
「君はすぐに顔に出るタイプです。君が嘘をついていないことは僕には分かります…それを他人に伝えることができないのが悔やまれますね」
「気にすんなって。お前まで憲兵団に疑われちまうだろ」
「よくありません。というか、僕がヤです。君は皆を守って戦ったじゃないですか…ッ。このような不当な扱いを受ける筋合いはありません。憲兵団がなんぼのもんですか」
「…頑固者」
「うるさいです死に急ぎ野郎」
「俺より背、ちっちゃいじゃん」
「異論ありです。数センチしか変わりません。誤差の範囲内です。速やかに撤回と謝罪を要求します」
「ははっ」

(懐かしいなぁ)

 思ったことはすぐ口に出してしまうエレンに対し、テツヤも中々の頑固者だ。口喧嘩はしょっちゅうしていた。最も、口達者なテツヤには一度たりとも勝ったことはないわけだが。

(変わっちゃったんだな)

 頑丈な檻が幼馴染たちを阻む。檻だけではない。目に見えないたくさんのものが、二人を完全に断っている。たった数日でここまで周りを囲む環境は変わってしまうものなのか。ここまで離れてしまうものなのか。
 ぽつんと、自分だけが「日常」から取り残されていくような。
 ぶわりと背筋に悪寒が走った。こんな状況に陥って、はじめて「日常」に触れたからだろう。恐ろしくて、怖くて堪らなくなった。
 もう昔には、戻れない。戻ることはできないのだ。
 無意識に腕を抱えたエレンに気づいたのか、テツヤは急ぐように口を開いた。


「エレンくん?大丈夫ですよ。明日の審議所では僕も証言することになりました。僕は何があっても君の味方です」
「テツ、ヤ」
「口喧嘩で負けたことはありません。君ならよく分かっているでしょう?覚えていますか?八歳の時に君がマフラーを欲しがっていた時のこと。カルラさんに交渉したのは僕ですよ。五歳の頃、君が喧嘩に首突っ込んで服をボロボロにした時だって僕がうまく誤魔化してあげましたよね。あと、」
「テツヤ」
「はい」

 普段は驚くほど無口なのにいつになく饒舌なこと。規則違反には厳しい彼が監視の目をかいくぐってこんな所まで来てくれたこと。
 自惚れではない。エレンを思っての行動だ。立場は違っても、今まで積み上げて来た友情は変わらない。
 つまりは、そういうことなのだ。


「……ありがとな…」

 テツヤは驚いたように目を開き、やがてゆっくりと笑みを浮かべる。

「どういたしまして」

 耳に心地よい穏やかな声に溜まっていて疲労が溶けていくようだ。久々に眠気を感じて小さく欠伸を洩らす。

「眠れてないんですか」
「あー…うん。そんな感じ。枕変わったからかなぁ」
「君はそんなに繊細じゃないでしょう」
「よせって、照れる」
「…外の世界以外の書物には無関心でしたもんね君は。やっぱり環境の変化でしょうね。君はいつでもどこでもどんな状況でも爆睡できる人ですから」
「テツヤはちょっとでも煩かったら駄目だったな。訓練兵になりたての頃だっけ?割り当てられた大部屋の奴らが歯ぎしりだの寝言ですっげぇ怒ってたもんな、お前」
「今思い出しても腹立ちますね、あの馬鹿たちには」
「えっと、なんだっけ。キセキの世代とか呼ばれてるんだろ」

 『キセキの世代』――エレンら104期に在籍していた稀に見ぬ天才五人を指す言葉である。本来ならば三年間訓練兵として経験を積まねばならないのだが、彼らは僅か一年半で訓練兵を卒業した。その後三つの兵団に別れ、各々現場で才能を発揮していると聞く。
 テツヤはその五人と同室で、とても仲が良かった……キセキの世代たちの才能が開花するまでは。開花していく才能は誰にも止めることができない。圧倒的な力を持ってしまった彼らは、周囲と自分との間に大きな壁を作った。キセキの世代同士すら距離を置いて。正直、エレンには理解できなかった。エレンに突出した才はない。だからこそ、努力量でカバーしてきたからだ。
 首を捻るエレンに、テツヤは言った。

『彼らは、孤独なんです。いえ、孤独だと思っているんです』
『??』
『彼らには人々の期待に応えることができる実力があります。それを繰り返すごとに、彼らを恐れ、畏怖する者も多くなる。現に、普通の人は彼らに話しかけようとしない。自分たちとは住む世界が違うのだと』
『…俺にはわかんねぇけどさ。天才、天才言われてるけど…以外と馬鹿なんだな、そいつら』
『言いますね、エレンくん』
『お前がいるのにさ。おかしいだろ。独りじゃねーじゃん』
『………ふふ。エレンくんらしい』
『まぁ、アレだ。テツヤらしく、強引にやっちまえよ』
『えっ』
『えっ』
『僕そんな強引ですか?』
『えっ』
『えっ』
『気づいてなかったのかよ?』


 詳しくは知らないが、無事テツヤはキセキの世代と仲直りできたらしい。今もなお強い絆で結ばれていることは、目の前の少年の優しい表情から察することができる。

「そうですね。彼らも各兵団で頑張ってるそうですよ。先日のトロスト区防衛戦の際には各々壁外調査や内地に行っていたそうで、五人から無事を確かめる手紙が大量に送られてきました。審議には彼らも参加するそうです」
「そっか…各兵団のトップもこぞって来るらしいし。すっげぇ不安、かも。俺、お前みたいに口が回らないし。余計なこと行って、審議をめちゃくちゃにしそう」
「君も発言せざるを得ないでしょうしね」
「だよなぁ。どうしよう。うっかり口滑ってボロクソに言っちゃったら…」
「ヤバイでしょうね…」

 頭を抱えるエレンを励ますように、テツヤはグッと親指を立てた。

「大丈夫ですよ。いくら君でもさすがにこんな状況ですし冷静になってますよっ」
「だ、だよなー!いくら俺でも空気くらいは読めるはずだよなっ。むしろ緊張して何もしゃべれないとか、声ちっさくなるとか…」
「あーそれもちょっと問題ですね。というか僕も心配になってきました…証言にいちゃもんつけられて、うまく返すことができるでしょうか…」
「おいおい…俺ら大丈夫か…?」
「お互い練習しときます?」
「!さすがテツヤ!」


 後に、その見通しが甘かったことを二人は知り、「やるすぎは危険、いやガチで」という教訓が誕生することになる。





 審議が始まった。異例の事態であるため、多くの人間が狭い審議所に密集している。処分を求める憲兵団と、エレンを仲間として迎えるとした調査兵団。両者が一切折れない中、証言者として彼の名前が呼ばれた。

「黒子テツヤ訓練兵は?」
「黒子は僕です」

 きょろきょろと法廷内を見回していたザックレーが声の上がった方をみて、驚きの声を上げた。傍聴人の多くも、突然そこに現れた少年にぎょっとしている。テツヤの相変わらずの影の薄さに、エレンは僅かに頬を緩めた。

「き、君がテツヤか。エレンが襲いかかったのは事実か?」
「……事実です。しかし、それ以前に僕は巨人化した彼に命を救われました。これらの事実も考慮していただきたいと思います」

 テツヤの言葉には有無を言わせないような力があった。テツヤは一見頼りない風に見えるが、中身は真逆と言ってもいい。この状況で物怖じしない彼に、ザックレーも感心したように頷いた。

「それはどうでしょう」

 発言したのは、憲兵団団長ナイルだ。

「君とエレンは幼馴染という関係だ。君の報告には客観的な資料価値に欠けるのでは?」
「逆にお聞きしますが、どうすればその客観的な資料価値を得られるのですか。僕とエレンくんの関係は今更変えることは出来ません。それに僕が嘘を言う必要が有りますか?」
「…なに?」
「なぜなら、このように審議が行われているという事実が証明しているからです。僕も彼に助けられましたし、壁の穴を塞ぎ、さらなる巨人の侵入を防いだのも彼。彼の功績により、このように落ち着いて処罰を決定出来ているのです。一時的であるにしろ、壁内が『平和』であることこそが、彼に人類への敵対の意思がないことの証拠です。エレンくんがもし人類の敵であるとするなら、壁内は火の海ですよ」
「…次の機会を見計らっているだけの可能性もある」
「それは何故ですか?人類を滅ぼすなら、今回が最高にいい機会でした。調査兵団の不在で主力ーーリヴァイ兵士長をはじめとして、キセキの世代の五人がウォール・ローゼ内に居ませんでしたからね。現に……多くの人が、亡くなった」

 堂々とした立ち振る舞いで、視線は揺らぐことなくナイルから外さない。先に目線を逸らしあのは、テツヤの強い双眸に耐えられなかったナイルであった。

「今やるべきことはエレンくんを疑うことじゃない。犠牲者を弔い、街を復興し、速やかに巨人への対策を練ることではありませんか。彼の巨人の力は必ず人類の心強い盾となるはずです」

 場の流れを掌握しているのは明らかにテツヤだ。テツヤを証人として立たせた理由は、まず間違いなくエレンの心象を悪くするという憲兵団側の意図に違いない。だが彼らは思い違いをしていたのだ。彼の真の強さは表面では計ることができないのだから。
 ざまぁみろ、と心の中で舌を出す反面、「あれ、アイツちょっとフルスロットルすぎじゃね?辛辣すぎじゃね?」と内心ドキドキしていた。ひっそりと今日まで二人で特訓して成果だろうか。今気づいたことだが、元々テツヤは弁が達者なわけだからむしろやり過ぎなのではないか。憲兵団の主張を完封しろとまでは言っていない。

 審議所がしんと静まる中、一人の傍聴していた男が荒々しく声を上げてテツヤを指差した。

「あいつも…人間かどうか疑わしいぞ!」
「………は?」

 心底意味が分からないと眉を潜めるテツヤ。
 まずい。ああも完璧に新兵もどきが大人を打ちのめすなんて、「普通ではない」のだ。こんな不安定な状況にさらに投じられた異常。人々の疑惑がテツヤにも向かないわけがない。

「なんですか。僕がエレンくんを庇うからですか。当たり前じゃないですか友達ですよ」
「い…いや、分からん!念の為解剖てもした方が…」
「念の為解剖ってなんですか。貴方の思いつきに心臓捧げられませんよ」

 一度ついてしまった不安は、大衆により大きな疑惑となりやがては事実にすり替わる。身に染みていたエレンは慌てて「違う!」と声を上げた。予想以上に通った声に、審議所が水を打ったように静まり返る。

「あ、えっと、違います。俺は化け物かもしれませんが、テツヤは関係ありません。無関係です」

 口を閉じるが、誰も発言しようとしないことに気付く。
 …これは…まだ発言してもいいということなのだろうか。

「そもそも…そうやって自分に都合のいい憶測ばかりで話を進めたって…テツヤの言うとおり、現実と乖離くるだけでろくなことにならない。大体何が怖いんですか?あなたたち内地の人間は巨人を見たことないでしょう?夢にでも出たんですか?夢に怯えているんですか?あなたたちは本に書いてあるご馳走に涎を垂らしてページをもしゃもしゃ食べるんですか?ヤギなんですか?…ヤギに失礼でしたね」

 そろそろ黙るべきなのだろうということはテツヤのひどく焦った表情から察することができた。頭で理解はしているのに、口は止まる気配を見せない。
 ――いいさ、言ってやる。
 覚悟を決めたら妙にすっきりした。

(無茶しすぎです、ってあいつは怒るんだろうなぁ)

 生きてまた、会えたらだけど。


「力を持ってる人が戦わなくてどうするんですか。生きるために戦うのが怖いって言えなら力を貸してくださいよ。いいから!黙って!全部!俺に投資しろ!!」

 刹那の静寂。次いで響き渡る絶叫と悲鳴。憲兵団の兵士から向けられた銃口。
 撃たれるのか――ギリッと血が滲み出るくらいに唇を噛み締めた。

 喧騒の中、一人の男が素早い動きで傍聴席の柵を乗り越えたことに誰もが気づかなかった。
 男――リヴァイの接近にエレンが気づいたのは、リヴァイが足を上げた瞬間のことである。





「まったく、リヴァイやり過ぎじゃない?歯折ちゃってるよ」
「知るか」

 審議の結果、無事にエレンの身柄は調査兵団預かりに決定した。移送の準備を待つ間、用意された個室で怪我の具合をハンジに見てもらっている所だ。傷はすでに塞がり始めているが、肌にこびりついた血はそのままであるため、ハンジの手で外から見える場所だけ布で拭ってもらっている。

「でも驚いた。もっと萎縮してるかと思ったからね。いらない心配だったみたいだけどさ」
「あーテツヤ…俺の幼馴染の練習との成果ですかね」
「ああ、あの幼馴染くんね。中々勇敢な子じゃないか。名前からして、移住してきた家系かな?」

 あらかた拭い終えたハンジが布を鞄にしまいながら尋ねる。

「はい。あいつは東洋人で、しかも奇術師の家系なんですよ」
「奇術師?」
「手品師みたいなやつです。テツヤは特に、視線誘導を使った奇術師が得意なんですよ」
「はじめて聞いたなぁ。視線誘導って?」
「ミスディレクションとも言います。自分以外に無意識に視線を誘導して、自分から意識を外させる。まあ、あいつは何もしなくても影薄いんですけどね」
「へー!面白そうだね!エルヴィンは奇術師とか知ってた?」

 問いかけられたエルヴィンはゆるりと首を左右に振った。

「いや、始めて聞いたよ。東洋の文化には詳しくなくてね。しかし興味深いな。トロスト区奪還作戦でも陰ながら大活躍したと聞くし、なによりあの場で物おじしない姿勢は称賛に値する。効果的なタイミングで用意したカードを切れたのも、彼と君のおかげさ。ありがとう」
「い、いえ…」

 途中本気でもう駄目かと思った。今こうしてエレンが息を吸えているのもエルヴィンと、そしてもう一人――…

「……」

 ちろりと隣に座っているリヴァイを横目で見つめると、すぐさまギロリと睨み返された。

「俺を憎んでいるか」
「いえ、必要な演出として、理解しています」

 一生のトラウマになると思うが。

「…ならよかった」
「ぷはは!リヴァイ、顔と言葉があってないよ!めっちゃ顔怖いから。エレン怯えてるから!」
「うるせぇ!…にしてもまだ準備できねーのか。日が暮れんぞ」

 リヴァイにつられて部屋の窓に顔を向けた。
 外は晴天で、雲一つ浮かんでいない。


(テツヤがよく言ってたっけ)


――エレンくんは太陽みたいです

 羨ましいです。そう言ってくれた幼馴染の方こそ、エレンは羨ましかった。
 広大で自由な空は彼を連想させる。何者にも囚われることなく、誰に対しても常に広がり続ける空。

 陽だまりの少年は、窓の外に広がる美しい大空に微笑みかけた。





 テツヤは審議所の出口を潜り、ホッと胸を撫で下ろしていた。
 最悪の事態は防げた上、エレン自身が前々から希望していた調査兵団にも入団が決まった。まだ気を抜くことはできないが、ひとまず薄皮一枚繋がったということになる。

(エルヴィン団長は流石ですね)

 恐らくエルヴィンはエレンが激怒することを予測していたのだろう。そしてそんなエレンに対し躊躇せずに――些かやりすぎだとは思うが――蹴りかかったリヴァイを見せつけることで、調査兵団ならうまくコントロールすることができることをアピール。エレンの力は無くすには惜しい、だが人類に牙を向いたらどえするのか?という一番の懸念材料を態とらしくなく。実に自然に払拭したのだ。


「ねぇ、ちょっといいかしら?」

 背後からの声に、テツヤは振り返った。声をかけたショートカットの女性は兵団服を着用しており、シンボルマークは二対の翼。調査兵団だ。

「君が黒子テツヤくんでしょ?」
「そうですが…なにか?」
「私は相田リコ。調査兵団の分隊長を務めているわ」
「ああ、あなたが」

 主に兵士の訓練を指揮しているという分隊長が調査兵団にいる、ということだけは耳にしたことがあった。見ただけで身体の詳細なデータを把握することが可能な彼女に育てられた兵士は、皆すこぶる優秀なのだとか。

「あなたも、東洋人なのですね」
「そうよ。名前からしてあなたもでしょう」

 東洋人は壁内では珍しい。そのせいで人買いに狙われることもある程だ。幸いテツヤは東洋人らしくない水色の髪と持ち前の影の薄さで今まで何もされなかったが。

「それで、調査兵団の分隊長が僕になんの用ですか?兵団分けはまだですし」
「単刀直入に言うわ。黒子くん。『誠凛』に入らない?」
「…?」

 聞いたことのない名だ。口ぶりからして何らかの集団であることは分かるが。
 思わず首を傾げる。

「同じ志を持った人たちの集まりみたいなものよ。非公式なものだけれど。ねぇ、さっきの審議であなたはなにか違和感を感じなかった?」
「違和感というべきか分かりませんが…ウォール教は何かを隠しているような気がします。エレンくんの存在をとにかく認めない…早く消したがっているような印象を受けました」

 まるでエレンを危険視しているというよりも、彼を通して得られる「何か」に怯えているような。
 リコは「私も同じ意見よ」と軽く頭を上下に振った。

「私たちは、ウォール教や上層部がなんらかの鍵を握っていると考えているわ。こんな地獄のような世界を終わらすには、根本の元凶を突き詰める必要があると思うの」
「つまり…打倒巨人ではなく、巨人の元凶である可能性のある人間側の秘密を追う、と?」
「ええ。それが『誠凛』よ。といっても十人も居ないんだけれどね。内容が内容だから表立って人員を集めることはできない。だからこうしてめぼしい人には個人的に声を掛けているの。黒子くんの場合は、さっきの審議所で目をつけたわ。あなたにもメリットはあると思うわよ?」
「……エレンくん、ですか」

 巨人の謎を解き明かし、この狂った世界に終止符をうつ。さらには、エレンを元の身体に戻すことだってできるかもしれないのだ。
 テツヤは顎に手を添えながら頭をフルに働かせる。文字通り命懸けになるというデメリット。だがそうまでしないと、大事な幼馴染を救うことはできない。
 ならば、答えはひとつしかない。

「僕を、誠凛にいれてください」


 詳しいことはまた後日といいことでリコとは別れた。嵐のように訪れ去っていく彼女は実にパワフルだと思う。姿が見えなくなるまで見送った後、今日はいろいろあって疲れましたねえ、と肩を労うようにトントンと叩いた。
 ふと顔を上に向ければ、視界いっぱいに空が広がっていた。

――テツヤは晴れた空みたいだ

 羨ましい。そう言ってくれた幼馴染の方こそ、テツヤは羨ましかった。
 裏表のない、まっすぐな彼は、とても眩しい。太陽のように、周りを鮮やかに照らすのだ。


「――僕は影だ」

 エレン・イェーガーという光を支える影。
 空色の少年は、光の眩しさに目を細めた。



(お前を、死なせはしない)
(君を、殺させはしない)

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