LOVE REVOLUTION


肩を掴む私の手を抑えて「どいてよ」と短く言い放つ孤爪くんは、怒っているというよりも混乱しているというような表情を浮かべる。力を入れれば絶対に私なんてすぐに引き剥がせるはずなのに無理やりそうしないのが孤爪くんの優しいところだ。孤爪くんのそういうところが、私は好きなんだよ。

好きって言うのが怖かった。誰にも言えなかった。外野の言葉とか印象とか気にして変な壁を勝手に作ってた。でも今はそういうの全部、全部全部無しにして、ちゃんと向き合いたいよ。

好きだよ、孤爪くん。


「…………なんで、泣くの」


勝手に涙がこみ上げてきた。言葉よりも気持ちが先走って上手く声が出ない。緊張とか不安とかじゃなくて、好きって気持ちが溢れ出して涙となって姿を表す。


「…………孤爪くんは、ド陰キャだし」

「はぁ?」


やっと絞り出した第一声に孤爪くんが不満げな声を出した。耐えきれずにブハッと吹き出した黒尾先輩を腹パンする夜久パイが視界の隅に映るも気にしない。


「金髪なくせに目立つの嫌いだし、目立つ人も嫌いだし、暗いし、ゲームばっかりやってるし、バレー部以外に友達いないし、面倒くさがり屋で気まぐれで何か弱そうで」

「…………喧嘩売ってる?」

「それに比べて私は目立つのは嫌いじゃないし、友達は多い方だと思うし、うるさいし、派手だし、本当は全然ゲーム興味ないし」


せっかく昨日の夜はいつも以上にスキンケア頑張ったのに、せっかく早起きしてちゃんと髪巻いてきたのに、せっかくメイクもいつも以上に気合入れたのに。たぶん全部、もうグズグズだ。


「孤爪くんと私は正反対だから、こんな私じゃ孤爪くんに好かれるはずないって、心のどっかで思ってたけど」


ポタポタと孤爪くんの練習着に涙の跡がつく。ジワリと広がって消えていくその跡がなんだか虚しくて、グイッと片手で涙を拭った。


「でも、やっぱり私は、孤爪くんのことが好き〜!」


拭ったのに、次から次へと止まらない涙は先ほどよりも威力を増してボタボタと止めどなく溢れてくる。


「好き!好きなの孤爪くん〜!!」

「えっ、ちょっと、館さん」

「孤爪くんが私のこと嫌いでも、私は去年からずっと孤爪くんのこと好きだからぁ〜!!!」

「館さん!」


うわぁーと子供みたいに泣き喚きながら好き好きと想いの丈をぶつけていると焦った孤爪くんが声を大きくする。肩に置いていた腕をどかされて、孤爪くんが起き上がると足の上に跨りながら未だ泣いている私の肩を今度は孤爪くんが掴みグッと力を込められた。


「なんで、こんなところでそんな大声で言うの…!」


心底迷惑ですというような顔をしながら大きな声でそう言われれば、驚きで一瞬涙は止まるも耐えきれなくなってすぐに嗚咽が漏れる。


「館さんはおれの前でだけ大人しいと思ってたらある日突然うるさくなるし、かと思ったら避けるように静かになるし、変なことすぐ言うし、好意があるのかと思えば逃げて曖昧にするし」


ほんと、意味わかんない。と小さな声で俯き気味に放たれた言葉に力はなかった。それにごめんなさいと涙声で返せば顔を上げてこちらを向いた孤爪くんが「だいたい」と再度口を開く。


「おれが館さんのこと嫌いだなんていつ言ったの?知らない周りの声なんかよりおれの言葉を信じたらどうなの?」


グッと掴まれる肩に力が入る。痛い。ちょっとさすがに痛いんですけど!?


「い、痛い孤爪く」

「言ったよね。見た目とか関係ないって。おれは確かに館さんが言うように陰キャだよ。だけど、だからって館さんみたいな女子を好きになっちゃだめなの!?」


だんだんと言葉に力が入っていって、ついにはキレだした孤爪くんは怒りながら衝撃的なことを言い出した。掴まれている肩の痛さとかはこの一瞬でもう気にならなくなった。孤爪くん、今、私のこと好きって言った?


「…………孤爪くんって私のこと好きなの?」

「それ前も言った…!」

「でもあの時はぐらかしたじゃん!」

「逃げたのは館さんでしょ!?」

「じゃあもう一回キスしてよ!!!」


怒りに身を任せてヤケになっていた孤爪くんは私の言葉にピシッと固まる。同じように視界の隅で虎くんまでビシッと動かなくなったのが見えた。驚いてわずかにざわつくギャラリー。固まっていた孤爪くんは沈黙しながらフルフルと体を震わせているけれど、俯いているのでその表情までは見えない。


「してないし!しようとしたら逃げたの、館さんの方じゃん!!」


今日一番の大声で叫んだ孤爪くんは、まじで最悪!と私の肩から腕を離して両手で顔を隠してしまった。耳を真っ赤に染めながら不機嫌そうな声を出す孤爪くんを見ていたらいつの間にか涙はぱったりと止まっていて、代わりに何とも言えないゾワゾワとする気持ちが身体中を駆け巡る。

衝動を止めることが出来なくて目の前で縮こまったままの孤爪くんにガバッと覆いかぶさると、予期せぬ襲撃にまたも不意打ちをくらったせいでゴンっと音を立てながら体育館の床に孤爪くんは勢いよく寝転がった。


「可愛い!!孤爪くん!大好き!!!」

「離れて!重いんだけど!」

「今なら重いって言われても許す!」

「ほんとに勘弁して!!」


ギュウギュウと抱きついて離れない私を嫌がっているそぶりを見せるも、やっぱり力づくでは引き剥がさない孤爪くんに大好きの気持ちが止まらない。

見てないで助けて!と孤爪くんが周りに助けを求めたところで、耐えきれなくなったのかみぃちゃんとなっちと黒尾先輩が笑いながら駆け寄ってきた。なおピはその間もずっと動画を回し続けている。


「やばいひそか、期待以上」

「研磨も最高だって!」

「ねぇねぇ研磨クン、キスって何のこと?」


三人が動き出したのを合図に他の人も続々と集まってくる。「その体勢早く元に戻さないとまたパンツ見えるっすよ!」とこんな時でも気遣いもクソもない発言をかますリエーフくんにはやっぱりあとで怒りの一発を与えよう。また躱されそうだけど。


「告白とかってこんな雰囲気でするものだったか?」

「俺は初めて人の告白現場を見たよ」


夜久パイと海先輩は少し離れた場所で呆れを通り越して感心したように話している。ニヤニヤとひたすら付きまとう黒尾先輩を心底面倒くさそうにあしらっている孤爪くんは、いつもの二倍くらい曲がっているんじゃないかという猫背で疲れ切った顔を隠そうとしない。

やっとこさ動画を止めたなおピにバシッと背中を叩かれながら「逃げずによくやった!」と声をかけられて、「まぁでもやりすぎでもあるー」とまた馬鹿にしたようになっちに笑われた。

私だって片方は号泣して泣き叫びながら、もう片方はキレながらの告白になるなんて想像もしてなかった。でも目的通り孤爪くんに好きって気持ちを伝えることができた今はとっても満足な気持ちが強い。

好きな人に好きって伝えるって、すごい力になるんだ。

未だウザそうに黒尾先輩から逃げている孤爪くんの方をニコニコしながら見ていると、ソワソワとしながらリエーフくんが近づいてきた。


「リエーフくん、また余計なことを言うつもりじゃなかろうね?」

「何でですか!相変わらずひでぇや!」

「リエーフくんがそういう顔をして近づいてきた時は大抵余計な一言を言う時って経験済みなんだよ」

「違いますよー!」


一瞬ムスッとしたもののすぐにいつもの表情を取り戻し、私と孤爪くんの方を交互に見る。大きな体でキョロキョロとしているその姿をじっと見ていると、「つまり二人って」と言葉を口に出しながら羨ましいほど大きな目をキラリと光らせた。


「これからは彼氏彼女ってことっすか?」


リエーフくんのその言葉に思わず固まってしまう。キラキラと見つめてくるその大きな目が眩しい。孤爪くんもギョッとしたような顔をしながらリエーフくんの方を見ている。


「…………そうなの?」

「えっむしろ違うの?」


思わず聞き返すとすかさず突っ込んできた黒尾先輩が「どうなの研磨」と孤爪くんに答えを求めた。全員からの視線を一気に受けた孤爪くんは、ゲッとした顔をしながら後ろを向いて「館さんの好きなようにして」と言い放ちスタスタと歩いていってしまった。


「だってよひそか」

「念願の彼氏じゃーん」

「でも私、好きって伝えるの目標にしてたから、付き合うとか考えてなかった…」

「えー、付き合うんじゃないんですか!?」

「つ、付き合っていいの!?私が彼女でもいいの!?」


信じられなくて思わず声を荒げると、体育館の入り口付近にいた孤爪くんは一旦足を止めて首だけ振り返る。


「館さんがおれの彼女になりたいなら、それでいいんじゃない」


おいおい研磨そんな投げやりでいいのかよー!というみぃちゃんと黒尾先輩の声はすぐ近くから発せられているはずなのに、ずいぶん遠くから聞こえるような感覚がした。

未だに信じられないけど聞こえてきた声は確かに孤爪くん本人が発したもので、体は素直に熱を持っていて、叫びだしたい衝動に駆られる。周りがいろんなことを言ってくるけど今は何も頭に入らなかった。

私、孤爪くんの彼女になれたみたいです。




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