Secretsomething going on between us

あの日から約二週間が経過した金曜日の夜。やっと鉄朗とあの人の仕事は一旦の区切りがついたらしく、私も誘われていたあの飲み会が開催されている。

後輩が言っていたように、本当に参加している女性は彼女を除いてみんな既婚者、または彼氏がいるらしかった。一般的に見ても特に可愛い顔立ちをしているはずの彼女にだけ彼氏がいないなんてと不思議がられているが、なんだかその仕向けられたような持ち上げる会話にも寒気がした。


「すぐにいい人見つかるよ〜、俺に今彼女いなかったら絶対立候補したいもん。ね、黒尾さん」

「お前には勿体無いだろ」

「ひどいですよー」


私とは少し離れた場所で行われるその会話。とは言っても、人数が多いわけじゃないから混ざろうと思えば混ざれる位置にいる。目の前に座る同僚の最近できた彼女との惚気話を聞き、嫌でも耳に入ってくるあっちの会話は気にしていないふりをして、運ばれてきた卵焼きを切り分けた。


「黒尾さんが狙ってくれてもいいんですよ」


冗談まじりに彼女が放った一言に、一瞬にして場は大きく盛り上がった。確かに相手が黒尾さんなら誰も文句言わないよなぁと周りの人たちも納得したような反応を見せる。いいじゃないですか、まじお似合いですよ!と興奮気味に言ったあちら側に座る男を心の中で睨んで、この空気になっても変わらず彼女との惚気話を話し続ける目の前の同僚に相槌を打った。

彼女がちゃっかりと鉄朗の隣を陣取ることはあらかじめ予想していた。こういう流れに話を持っていくだろうことも。そして、鉄朗は躱すように言葉を濁すだろうということも。


「んなこと言われましてもね」


僅かに眉を顰めた鉄朗に、彼女が距離を詰めたのが確認できた。それを視界から外すようにしてスマホを弄るふりをする。


「もう今の彼女以外に興味出なくなっちゃったんですよ」


困ったように笑いながらそう言い放った鉄朗に、黒尾さん今彼女いるんですか!?と驚く周りの人たち。なんで言ってくれなかったんですかーと一気に話題は鉄朗に持っていかれる。

しかし彼が詳しくは話したがらない素振りを見せたため、ポロッとこぼした「俺のこと好きすぎてちょう可愛いの」ということしか周りは彼の彼女情報を得ることはできないようだった。


「俺よりも良い男なんて、探せばいくらでも見つかるよ」


弄っていたスマホから顔を上げた。ほんの一瞬そっちを見ただけなのに、パチリと鉄朗と視線が合う。

ああ、なんだろう、嬉しいのに。不思議な感覚だ。完璧に彼女のことを拒絶してみせた彼に嬉しさを抱くと同時に、目の前で好きな人に突き放された彼女に対して同情を抱いてしまった。

細い針で刺されるみたいに心臓がチクチク痛んで、不規則にドキドキと高鳴る。鉄朗の恋人は、私だ。私は彼女をよく思っていない。鉄朗には彼女を拒否して欲しかった。なのに、いざこういう場面を見てしまうと心が痛む。これをずっと望んでいたのに。ここにきてまだ良い人を演じようとしているのかもしれない。自身のずるくて弱いところを自覚してまた心が痛む。

ふいっとすぐに視線を逸らした。仕草がわざとらしくなってしまった。それでもやっぱりさっき彼が言った言葉が嬉しくて、また胸が高鳴った気がした。


―――――――――――――――


「タクシー何台必要?乗る人ー!」

「俺苗字さんと方向同じだから、一緒に乗って途中で降りるわ」


苗字さーんと名前を呼ばれ、タクシーへと押し込まれる。別れの挨拶と共に手を挙げドアを閉めた鉄朗は、慣れたようにドライバーへと住所を告げた。


「……良かったの?一緒に乗っちゃって」

「ああ言ったほうが逆に疑われないだろ」


二人並んで座っても、肩が触れ合うことはない。タクシーに揺られながら窓の外を見る。流れていく街はどんどん灯りを少なくして住宅街へと進んでいく。静かだ。ドライバーも何も言葉を発さない。目的地へと辿り着き、タクシーを降りるとひんやりと冷たい風が頬を撫でた。

静まり返り冷きった部屋が私たちを迎え入れる。鉄朗が「今日はシャワーで済ませるけど、名前はどうする」と聞いてくるのに「私もシャワーでいいや」と返事をして、体内に残ったアルコールを少しでも落ちつかせるためにコップに水を注いだ。


「鉄朗も飲む?」

「ん、サンキュ」


私の横に腰掛けた鉄朗が勢いよくコップを空にして、それをテーブルの上へ置く。コトっという音がやけに大きく響いた。


「何か言いたげですね」

「そんなことは……なくはない、かも」

「なんだそれ」


私を軽く小突いて笑った鉄朗が、そのまま体重をかけるようにして寄りかかってくる。重いと抵抗してみるけれどやはり彼はびくともせず、私の方へとどんどん倒れ込んできた。


「ああいう時って素直に喜んじゃっていいものなのかな」

「何が?」

「……はっきり言ってたわけじゃないけど、振ってるのと同じじゃん」


鉄朗の体へと腕を回す。抱きしめやすいように体勢を変えた彼がゆっくりと抱きしめ返してくれる。


「俺が名前の立場だったら、すげー喜んでるわ」


耳の裏に唇を寄せて、その周辺を探るようにキスを落としていく。あんな風に鉄朗にあたっておいて、彼女のことを散々言っておいて、最後の最後に同情を寄せて、私は随分と面倒な女だ。


「あの人には俺よりも良い男なんて探せばいくらでも見つかるって言ったけど、名前には俺よりも良い男なんているわけないってもっと思ってもらわないとなぁ」

「……強気だね」

「違う違う、逆よ逆。弱気なの。だからそう思ってもらえるようにいつもちゃんと頑張らなきゃならないんです」


唇の端に口付けて、鉄朗が楽しそうに笑った。ああもう、嬉しい。彼の言葉も何もかもが嬉しい。苦しいくらいに競り上がってくる感情に戸惑いながらも素直に好きだと口に出したら、彼はまた大きく笑って頷いた。

ほんのりと漂うアルコールの香りに包まれて、上がり切った体温をお酒のせいにして、まだ少し酔ったふりをして私からキスをした。頬、顎、耳。至る所に口付けを落とす。


「私も私より良い女の人はいないって思ってもらえるように頑張らなきゃ」

「もう思ってっけど?」


それにもう名前以外に興味出なくなっちゃったから、大丈夫ですよ。そう耳元で囁いた鉄朗に噛みつくように唇を塞がれた。まるで逃がさないとでもいうような、そんな珍しく荒々しいキスだった。

離したくない。離れたくない。誰にも渡したくないし、誰の方も向いてほしくない。そんなことを考えてしまうくらいに、狂おしいほどに彼が好きだ。

ほろ苦い幸せのレシピ

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