Secretsomething going on between us

頭が痛くて目が覚めた。ゆっくりと視界に光が入ってくる。今まで眠っていたはずなのに、徹夜明けみたいな世界が回る感覚がした。なんか変な感じだ。ズキズキと痛むこめかみを押さえて静かに体を起こす。いつもよりだいぶ陽が高い。時計を確認してみれば、短い針はもう十二の位置にあった。

こんな時間まで寝てしまったのか。それでも取れない疲労感。というより、なんだか寝る前よりも疲れている気がしてならない。


「おー、起きたか。おはよう」

「……おはよ」


鉄朗がテレビからこちらに視線を移して笑顔を作った。簡単に挨拶を返して洗面所へと向かう。

昨日は散々だったなぁ。ここ数日ずっとそうだけど。彼を拒否した金曜の夜。土曜日の昨日は一日一緒にいたけれど、普段のような態度を鉄朗は取ってこなかった。いつも触れてくるだろうというシーンで触れてこない。甘えられるだろう場面で何もされない。私だけが甘やかされて、気を使わせているような気分になった。

もう昼だし今日はなんか食べ行くか?という彼からのお誘いは、このまま二人でここにいてもきっと何も変わらないから、せめて外の空気でも吸うかという遠回しな気遣いだろう。それにまた申し訳なくなる。

鉄朗がこういう時にあからさまに優しくしてきたり、わかりやすく甘えさせようとはしてはこないのは、そうすると私がまた一人で抱え込んでしまうのを見越してのことだろう。けれど今の私はどう頑張っても全てのことに苛立ってしまって、彼のそんな気遣いにさえも冷たい返事をするしかなかった。


「これスゲーうまいぞ。名前も食べろよ」

「いい、大丈夫」

「んなこと言わずに一口だけでも」


そう言って無理矢理皿に乗せられたパスタを口に入れた。確かに美味しい。だろ?と聞いくる鉄朗にはうんとだけ返した。

特にやることもなくて、見たいものもなくて、正直なところもう帰りたい。できれば一人で。そう思っているのが滲み出てしまっていたのか、鋭い鉄朗はすぐに私の気持ちを汲み取って「飯も食ったし帰るか」と席を立った。

昨日も今日も申し訳ないくらいに不機嫌で、彼に当たってばかりで苦しくなる。だから本当は一人にさせてほしいのに。そこには気がついているのかいないのか、鉄朗は何も言ってはくれなかった。

夜になっても何をしてもどうやっても感情のコントロールがうまくいかなくて、まるで反抗期を迎えた思春期の子供みたいな気分だ。自己嫌悪に陥って、それがまた状況を悪くしていく。

それから鉄朗は私の核には触れないようにしながらも、少しずつ普段と同じ態度に戻しながら接してきた。今もこうしてお風呂上がりのほかほかな体に抱き抱えられるようにして、私はその腕の中で彼と一緒に今期一番楽しみにしているドラマの放送を見ている。


「この女優こんなに可愛かったっけ」

「うん。最近すごい人気だし」

「確かにCMとかでも良くみるわ」


一般人じゃ太刀打ちできない程に整った顔で、愛らしい表情で、すれ違ってしまっている彼氏に涙ながらに自分の想いを吐露する。人間ってこんなに綺麗に泣けるんだ、なんて、そんなことを思ってしまった。いつもならきっとこのシーンで感情移入をしながら私も一緒に泣いてしまっているはずなのに。


「うお、やべー」


こんなことされたら男ならたまんねーだろ。とこぼしながら、鉄朗は画面の中で繰り広げられる甘酸っぱい恋物語に心を動かされている様子だ。それを聞きながら、こんな風に可愛くやきもちを焼いて、誰も不快にさせずに素直になれたらなんていいだろうと思いながら、また少し痛み始めたこめかみを押さえるようにして目を閉じた。


「頭痛ぇの?」

「ううん」

「でも痛そうにしてるだろ」

「大丈夫」

「頭痛薬どこにあったっけ」

「大丈夫だから」


立ち上がろうとした鉄朗を制すように声を張り上げた。思わず言い方がキツくなる。ああ、可愛くない。目を開けて視界に入ったテレビの中では、可愛く微笑んだあの女優を今人気のアイドル俳優が優しく抱き締めていた。


「辛くなったらちゃんと言えよ」


鉄朗はもう一度腰を下ろして、先ほどと同じように私を後ろから優しく抱き締めた。テレビの中の二人と私たち。男性キャストの優しさはどちらも変わらないのに、私とあの女優じゃこんなにも違う。

好きな人が他の人に言い寄られているのをよく思っていない、嫉妬というよりもおもちゃを取られそうなのを嫌がる子供みたいな幼稚な感情で、こんなにも自分は簡単に崩れるのか。結構ショックだ。ダメな自分が嫌いになる。

もぞもぞと動いて横を向き、彼の胸に頭を預けるようにして擦り寄った。安心する。すごく。この人が好きだ。この腕の中にいたい。

それを願うのは私だけでいいのに。


「……帰って」

「なに?」

「おねがい、帰って」


お願い。もうこれ以上ここにいないで。こんなに最低でダメな私をこれ以上は見ないでほしい。だからお願い、帰って。

そう願いながらもう一度小さく帰ってと告げた。鉄朗の胸を力の限りに押す。ここにいたらいけない。立ち上がった私の腕を掴んだ鉄朗は、そのまま素早く引っ張り私を引き戻し、今までに無い力で抱きしめてくる。


「名前は、俺にどうして欲しいわけ?」

「……帰ってほしい」

「なんで」

「いいから、帰ってよ」


声が震える。帰って欲しいと言っているのに。どうして欲しいと聞いてくるくせに、彼は私の言葉を無視し、何も言わずに私のことをさらに抱き寄せ痛いくらいに力を込める。

いつものように抱きしめ返さない私に、鉄朗は不満げに「そっちからも、腕回して欲しいんだけど」なんてこの空気を恐れず伝えてくる。声は優しいのにどこか逆らえない感じがして、そろそろと彼の背中へ腕を回した。


「もう一回聞くけど、名前は俺にどうして欲しい」

「…………」

「帰れはなしな」

「…………」

「俺は名前の本音が聞きたいんですけど」


ポンと一度軽く頭に手を乗せた後、そのままくしゃっと包むように後頭部を握ってくる。

その優しい手つきに、凍りついたように冷たく固まった私の心が徐々に動きを取り戻した。


「……正直に言ったら、嫌われるかも」

「なんないよ」

「嫌なやつって思われるかも」

「思わないから」


だだをこねる子供を落ち着かせるような声色で、鉄朗は私に言い聞かせるように言葉を続ける。


「もしかしたら俺が思ってること正直に言った方が名前に嫌われるかもしれねーよ」

「たぶん、それはないよ」

「だったらお互い言ってみようぜ。でもまずは名前から言って」


彼は私の背中へ添えている方の手で、合図を出すようにぽんぽんと軽く二度叩いた。

知られたくない。知られたくないけど、鉄朗が大丈夫だと言うと何故だか本当に大丈夫なような気がしてくる。あんなにも口に出すのを躊躇っていたはずなのに、スルリと勝手に言葉が飛び出していってしまったように、溜め込んでいた心の奥底を這っていた本音が姿を現した。


「私、あの人嫌い」

「あの人?」

「何かとうちのところに来ては鉄朗のこと狙ってくるあの人」

「うん」

「……きらい」

「で?」

「でも、そう思うだけで何もしないで、勝手に拗ねて鉄朗にも厳しく当たっちゃう私はもっと嫌い」


首を曲げて鉄朗に寄りかかる。くしゃっと彼の着ている服を掴むようにして力を込めた。


「鉄朗を取られたくない。もっと鉄朗もあの人に冷たくして欲しい。私以外の人のこと見ちゃいやだ。不安になる。あの人きらい。私のなのに」

「…………」

「そう思ってる私も全然可愛くなくて大嫌い」


このままじゃ、鉄朗の服が伸びてしまう。黙り込んだ鉄朗の反応が怖くて、恐る恐る顔を上げたら想像とは違った表情をしている鉄朗と目があった。


「名前」

「……はい」

「俺は、いつも割と冷静なお前が、そんなことを考えてここまで取り乱してどうにもならなくなってんのが可愛くて、今まであえてずっと何も言わずにいたんだよ」

「……なんで」

「だから、俺のこと好きすぎる名前が可愛いすぎんだって」


そんなことないよ、と、そう言おうとした声は唇を閉ざされたことで鉄朗によって全て飲み込まれていった。


「こんなこと考えてたズルい俺のこと嫌いになったか?」

「……好き」

「はは、俺も何聞いても名前が好きだよ」


立場上冷たくは出来ないから申し訳ないけど、名前以外はまじで眼中にないから安心してろ。そう言った鉄朗は、私を安心させるみたいにまた優しく背中を叩いた。一定の軽いリズムが心地良い。


「ほんと?」

「俺が嘘ついたことあったっけ」

「ない」

「だろ?」


楽しそうに笑った後、もう一度慰めるように一つキスを落とす。


「あーでも、可愛いから名前がしんどくないくらいの範囲でやきもちは定期的に焼いて欲しい」

「…………やだ」


未だ楽しそうに、どこか嬉しそうに笑い続ける鉄朗に「もういい加減笑わないで」なんて言って、顔の赤さを誤魔化すように彼の胸元へと顔を埋めた。

明日になったら、また会社であの人の姿を見なきゃならない。あることないこと理由をつけては会いにくる、彼女と鉄朗の会話を耳にしながら仕事をしないといけないのだ。もやもやする。鬱陶しい。けれど、今までみたいに全てを闇に葬り去るような深い谷の底に心を落とすことは、もうたぶんないんだろうと思えた。

こんな自分は嫌いだし、抱えた醜い想いを知られるのは恥ずかしいし怖いけど、こんな私でも鉄朗は嫌いだとは思わないらしいから。

引き合うさびしさの引力

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