呼吸を止めて一秒!星屑ロンリネス

「暑い……暑い暑い暑ーい!!」

「言葉にされると余計熱く感じんだけど」

「でも暑いものは暑いもん」


冷たいサラダうどんで一瞬冷えた体も、次の瞬間にはもうどっかに消えた。白鳥沢は施設が整っているから教室内もここ食堂も涼しい。でも私たち高校生の新陳代謝はそんなもんじゃおさまらないから!一歩歩けばすぐに暑いし、涼しい場所でも何か食べれば身体は内から熱くなるから!!


「牛島くんは暑くないの?」

「暑いが」

「にしてはいつも涼しげな顔してるよね」

「……?暑いが」


牛島くんの涼しそうな顔を見てれば私も涼しくなれそうだから見ててもいい?と聞いてみれば、彼は「期待に応えられるかはわからないが別に構わない」と頷いた。許可取らなくてもいつも見てんじゃんという天童の声は無視して、なんとなくこの後の展開読めるぞ言った山形くんの言葉もスルーする。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……うっ」


ジッと見つめる私に視線を合わせるようにして牛島くんも見つめ返してくれる。目を合わせて数秒。牛島くんの顔をこんなにも間近で見れて、そして同じように見つめ返してしまわれれば、涼しくなるどころか顔に熱が集まって熱ってしまうわけで……。


「あつーい!!もっとあつい!!」

「すまない」

「牛島くんがかっこいいから!!そんなに見つめられると照れる!!」

「次から気をつける」

「えっ見つめてくれるのは別に全然平気ですやめないで!!」

「わかった」

「好きです!!」

「知っている」


予想した通りだわとため息をついた山形くんと瀬見は、やってらんねぇといった顔で私たちのやりとりを流して各々話し始める。私たちを見守る大平くんだけが何も言わずにいてくれた。

天童と話し込む牛島くんに視線を移して、まだ熱ったままの首元を冷ますように手のひらで扇いだ。


――――――――――――


終業式。明日からついに夏休みだ。夏休みといえば去年までは楽しいことだらけでワーキャーと騒いでいたけど今年はそうもいかない。もちろん出来る範囲で楽しむけど!!なんて言ったって高校最後の夏休みだ!!思い出も作って、そして迫り来る受験に備えて精一杯、遊びも勉強も頑張る!!


「でも牛島くんに会えないのは嫌っ!!」

「うるさっ」


いきなり叫んだ私の隣で顔を歪めた天童は、一ヶ月くらい我慢しなよなんて軽々しく言ってから、「まぁ俺は毎日のように多分会うケド」とわざとらしく笑った。


「牛島くんマウントやめてください!!」

「俺マブダチだもーん」

「やめてください!!私もマブダチだもん!!ね!?」

「なった覚えはない」

「ひどい!!」


ケラケラとお腹を抱えて笑った天童が、「じゃあ先行ってるから、若利くんは詩織ちゃんともう少し話してからゆっくり来なよー」とブンブンと手を振って去っていった。

天童は意外にもちゃんと良いやつだから、こうして極たまに、ごくごくたまに、自分ではあまりそういう意識はないかもしれないけど気を遣ってくれる。ただ楽しんでいるだけかもしれないけど。あれそっちの可能性の方が高い気がしてきた。たぶん楽しんでるんだ。


「牛島くんはインターハイ頑張ってね」

「ああ」

「県外だし、夏期講習とかで現地には行けないけど、応援してるから!!」


頷いた牛島くんに満足げに微笑み返した。会えなくても牛島くんは手を抜かずにどこかで今日も頑張ってるって思えるから、私もちゃんと会えなくたってその期間も頑張るんだ。でも牛島くんからの直接のエールが欲しいと思ってしまうわがままな私だから、「会えない期間も頑張れるようにエールをください」とお願いもした。素直なところは私の長所なので。

牛島くんは迷う素振りもなく「がんばれ」と一言口に出した。シンプルで、短いその一言。ごちゃごちゃした言葉よりもまっすぐに届くそれがこの先一ヶ月私の背中を押してくれる力になると確信して、大きな声で「がんばる!!」と返した。


「一ヶ月も伝えられなくなるから一ヶ月分の好きをここで伝ようと思います。良い?」

「構わない」

「牛島くんとちゃんとお話しできるようになってまだ日は短いけど、この数ヶ月本当に楽しかった!今までの人生で一番幸せ!本当だよ!」

「それはよかった」

「私、牛島くんと話すたび、牛島くんのこと知るたび、牛島くんのバレー見るたびに心臓がギュンってなって、ポカポカするの。牛島くん以上にかっこいい人はいないって思えるの」


牛島くんのこと好きになってよかった。そう言ってから、なんだか急にガチ告白してしまったことに対して恥ずかしくなって顔を伏せた。もっといつもみたいに好き好きって百回くらい伝える予定だったのに。

顔の前で手をブンブンと振りながら「ごめんなんか変な空気にしたかも」といきなり焦りだす私と、微動だにしない牛島くん。様子を伺うために恐る恐るゆっくり顔を上げると、いつも通りキリッとした表情をした牛島くんがいた。どんな時もブレない、この一直線の強さが好きだなぁ。


「強い、か」

「え、あ、口に出てた!?」

「出ていた」

「え、恥ずかしっ!!」


わたわたと慌てたところで鐘が鳴る。この時間の鐘が鳴ったということは、もう牛島くんも流石に部室に向かわないといけない時間だろう。「部活頑張ってね」と言った私の言葉に頷いて、牛島くんが後ろを向く。それと同時に、思わず彼の太くて大きな右腕をガシッと掴んだ。


「好き」

「知っている」


いつも通りの私の告白にいつも通りの返事をくれた牛島くんの腕を離して、今度こそバイバイと手を振った。遠ざかっていく背中は曲がることなくまっすぐで、いつだって凛々しく力強い。


「牛島くーん!!付き合ってください!!」


大きな声で叫んだせいで、通りがかった他の生徒たちが何事かとこっちを見る。気にせず腕をブンブンと振り続けながら、振り返った牛島くんの返事を待つ。


「それは出来ない」


振られたのはこれで一体何回目なのか。でも、遠くに見えた牛島くんの表情はなんだか今までで一番柔らかいように見えた。

道端でばったりと会ったときは思い込みでも見間違いでも構わないと思ったけど、今日は確実にこの目でその表情を捉えられたのだ。私はそのままぴょんぴょんと跳ねながら牛島くんの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。



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