可愛い後輩!男子バレー部二年生

「……厚木、先輩」


小さな小さな声が聞こえた。それは決して話しかけられているようなものではなく、思わず口に出てしまったというような、そんなボソボソとした音だった。


「白布くんじゃん」

「……なんで俺の名前を」

「知ってるよー!バレー部の子だもん」


直接喋ったことはないけど、よく瀬見とかが話をしているのを聞く。彼曰く少し生意気な後輩らしいけど、何だか愛らしい見た目をしていて私は話したこともないくせに勝手に可愛い子だと思い込んでいる。


「私は厚木詩織。よろしく」

「知ってます」


差し出した手を取ることはせず、彼は「牛島さんのこと追いかけ回してる人ですよね」と言って、僅かに眉を顰めた。


「追いかけ回してるって言い方なんか嫌だな!」

「じゃあなんて言えばいいですか。付き纏ってる?」

「それも嫌なんだけど!」


でも、確かに他人から見ればそう思われてしまうのかも。何だか最近は私も牛島くんもそれがさも当たり前のようになってしまっていて、バレー部三年は愚か、学年中で私たちのやりとりは毎日恒例のコントの如く軽く扱われてしまっている。


「プライベートのことなんで特に口出しはしませんけど、牛島さんのこと変に刺激してバレーに影響出させるようなことはやめてくださいね」

「うん。わかってるそれはしない」

「あんた如きでブレるような人ではないと思いますけど」

「待ってそれ言う必要あった?」


可愛いフェイスをしているのに全く可愛げがない。瀬見の言う通りに生意気な後輩だ。でもそこが可愛い、とでも言えればいいんだけど、今の段階では君はただの生意気止まりだぞ。


「白布くんはもっと可愛い後輩ーって感じの性格してると思ってた」

「勝手に変な想像しないでください。可愛いとか鳥肌立つ」

「うわ、その顔すごいよ!まじで嫌そう!」


まじで嫌なんですよ。そう言った白布くんはさらに表情を歪めた。バレー部は癖が強い。白布くんも害のなさそうな顔をしてしっかりそのうちの一人だ。


「お、厚木先輩。何この珍しい組み合わせ」

「あ、……川西くん!」

「今ちょっと俺の名前忘れかけてたっスよね」

「そんなことない」


スタスタ大きな歩幅でこちらに向かってきた川西くんは、去年一年間同じ委員会に所属していたから結構仲が良い。川西くんのなんとも言えないノリとは相性が良かったのか、学年も違うのにかなり話していたと思う。

そういえば、彼はテストのたびにいつも以上に死にそうな顔で「やばい」と呪いのように呟いていたことを思い出す。


「もうすぐ期末だけど勉強してる?」

「……先輩の去年のノート、貸して欲しいなぁー」

「受験勉強に使うから無理だごめん」


可愛くお願いすれば私がなんでもすると思ったか。もう少しそのやる気のない無表情を抑えていたらコピーくらいしてあげたかもしれない。


「じゃあ白布貸して。写してないとこ結構ある」

「寝てる太一が悪いんだろ」


白布くんはそう言って眉間に皺を寄せた。可愛い顔付きをしているが、彼のその表情は結構な迫力がある。川西くんとは違ってという言い方をすると川西くんに失礼だけど、白布くんは勉強もしっかりとこなせそうな雰囲気が確かにある。……というか、あれ?今名前で呼んだ?


「可愛いじゃん!!」

「は?」

「俺?ノート貸してください」

「違う白布くん!川西くんももちろん可愛い後輩の一人だけど!」

「ノートはスルーなのね」


苦しげに悶えている私をドン引いた表情でゴミのように見つめる白布くんと、詳しい状況がわかっていないながらも、何やら面白そうなものを見つけたというように僅かに口角をあげる川西くん。


「牛島さんから白布に乗り換えるんスか?」

「そんなことするわけない!!」

「何言ってんだお前」

「そこは太一じゃないんだ!?」


川西くんまで、こっちでも先輩の噂聞きますよなんて言って面白おかしそうに話を振ってくる。お似合いだと思います、なんて、他の人は言ってくれない一言をくれたのでそれにバッと顔を上げ反応すると、彼の横にいた白布くんが「上手いこと言ってノートコピーさせてもらおうとか思ってるだけだろ」と冷静に突っ込んだ。


「ひどい!」

「すみません」

「上手いこと言ってとか思ったってことは、白布くんもお似合いだとは思ってないってことなんでしょ」

「白布ここは冗談でも違いますよとか言ってやったほうが良いぞ」

「そうだよ!ほら!」

「…………」

「…………」

「……せめて何か言ってほしい」

「そろそろ鐘鳴るので」


逃げるな!と言おうとしたところで本当に鐘が鳴ってしまった。背中を向けてスタスタと歩き出してしまう二人に私はその場で地団駄を踏む。


「俺は先輩は黙ってれば結構マジでお似合いだとは思いますけどね」


最後に、歩きながらも振り向いてそう言い残していった川西くんに、私はまたハッとしながら顔を向けた。白布くんはこっちを振り返ってはくれなかったけど、でも今回は川西くんのその言葉に「上手いこと言って」と咎めることもしなかった。

もしかしたらまた簡単に乗せられそうになっているだけかもしれないけど、二年の範囲のノートコピーして近いうちに持っていってあげよう。



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