焦りは禁物!千里の道も一歩から
牛島くんは今日もとても姿勢が正しい。
「お箸の持ち方から食べ方から何から何まで綺麗で凄いね」
「食事のマナーに関しては祖母が特に厳しかった」
「そうなんだ」
やっとやっと会話らしい会話……と言っていいのかはわからないけれど、少しずつ牛島くんとも話ができるようになってきた。最初はただ私の質問に一言返してくれるだけだったけど、ちょっとずつ言葉が多くなってきている。ように思う。
「左利き羨ましいなぁー。私も小さい頃サウスポーに憧れて無理矢理お箸左で持ってた時期があったよ。全然食べられなくてすぐ諦めたけど」
「無理に利き手を変える必要はない」
「でも左利きの人って頭良いとか言うじゃんね」
「厚木はそのままでも頭が悪いわけではないだろう」
そのままでいい。そう言った牛島くんは自分の左手に視線を落とした。私も釣られるように自分の右手を見てみる。
たかが利き手。左か右か二分の一の確率で、昔は半強制的に右に直されたらしいとかよくいうけど、今の時代は矯正されたりすることは少ないから左利きの人も周りに結構いる。不自由な点も多くて大変だと聞くけど、それでもやっぱり私からすれば憧れの対象だった。
自分と違うもの、他の人とは違うものを持っているって、それだけでとても魅力的に見えてしまう。私はすごく単純だから、そういうものをシンプルにカッコイイと思ってしまうのだ。
「私がなりたくてもなれなかったものを、牛島くんは当たり前のように持ってるって、凄いことだよね」
グーパーと左手を動かしてみる。右手と感覚は変わらないのに、お箸やペンを持つと急に意思疎通が取れなくなったかと思わせられるほどに動きが鈍くなってしまうから不思議だ。
「やっぱり左利きは私から見れば羨ましいよ。かっこいいし」
「そうか」
「うん。そんなところも好きです!」
そう言ったら牛島くんは少しだけ表情を柔らかくして「知っている」といつも通り呟いた。
やっぱ左の練習今からでもしようかな。そう言ってぎこちなくお箸を持ち替えて、震える手で残りのご飯を食べようと頑張っていたら、牛島くんが少しだけ呆れたような顔をして「そのままで良い」と言うから、私は笑いながら右手にお箸を持ち替え直した。
―――――――――――――――
「あっ。……えっ?牛島くん?」
休みの日に家でだらだらと過ごしている時間は至福である。そして少し暑くもなって来たこの時期、そこにアイスでもあればもっともっと満足度は上がるものだ。しかし冷凍庫を開けてもアイスなんて一つもなかった。
更なる幸福を得ようと家を飛び出したのは少し前のこと。家から出るのは正直面倒だけど、私は欲深いから、最高の休日を手に入れるためならば数分の外出くらい厭わない。
コンビニを出て直ぐの交差点にいたのは牛島くんだった。びっくりして自分の目を疑ったけど、相手も私に気づいたようで小さく「厚木」とこぼすように呟いた。どうやら私が会いたすぎて勝手に作り出した幻覚とか妄想ではなくちゃんと本人だったらしい。良かった。何故だかとても安心した。
牛島くんは少し早く練習が終わったから走り込みをしていたところらしい。練習が終わった後に走り込むって一体どんな体力なんだ。私には考えられない。うっすらと汗をかく牛島くんに、私は慌てて買ったばかりのアイスを一本差し出した。
「これ、あげる!良かったら食べて」
「ありがとう。だが買い食いは校則で禁止されている」
「今時そんなの守ってる人少ないよ!それにこれは私が買ったやつだから買い食いじゃないよ」
「そういうものか」
「そういうものです。何ならゴミも私が持ち帰るし。差し入れだと思って嫌いじゃなかったら食べて欲しいな」
渋々といった感じで受け取った牛島くんは、少し端に寄ってアイスの袋を開けた。同じように私も。二人で並んでアイスを頬張る休日。残念なことに私は適当に選んだラフなワンピースだし、牛島くんはジャージだけど、それでもすごく嬉しいことに変わりはない。家でだらだらしてた時に着てた中学のジャージのままで来なくて良かった。そのことに多少ホッとしながら、シャクシャクと無言でアイスを食べ進める牛島くんの顔を眺めた。
「……食べづらいな」
「アイス棒のタイプ苦手?」
「いや。そこまで見られると」
「あっ私?ごめんごめん」
牛島くんのことが好きすぎるせいでつい。心の中で言おうとしたつもりが口に出てしまった。けれど牛島くんは特にそれに関して反応は示さなかった。
「あ、のさ、瀬見も前に言ってたけど、牛島くん私のことうざいって思ってない?」
「何だいきなり」
「いや、なんか急に聞いてみたくなっちゃったというか」
「特にそのようなことは思わない」
「そっか」
別に気にしてたわけでもないけど急にふと聞いてみたくなった。牛島くんは本当に何にも思っていないのか、いつもと変わらない表情でそう答えて最後の一口を口に入れる。
「美味しかった。ありがとう」
「いえいえ。私が無理矢理あげたようなもんだから気にしないでね」
じゃあまた明後日学校でねと手を振ると、コクリと頷いた牛島くんはそのまままた走り出した。いつだってまっすぐ前を向いて止まることなく進んでいく牛島くん。常に姿勢が良い。その大きくて頼れる背中が好き。
長い横断歩道を渡り切った彼に向かって大きく名前を呼ぶ。牛島くんは不思議そうな顔をしながらも、少し速度を落としてこちらを振り返ってくれた。
「次の大会も応援行くから、がんばれー!!」
大声でそう叫び手を振りながらぴょんぴょんと跳ねる私に、牛島くんは静かに頷いた。
少しだけ、ほんの僅かに口角が上がっていたように感じるのは、私が勝手にそう思い込んでいただけかもしれない。けど、気分が良いから思い込みでも見間違いでも何でもよかった。
「お箸の持ち方から食べ方から何から何まで綺麗で凄いね」
「食事のマナーに関しては祖母が特に厳しかった」
「そうなんだ」
やっとやっと会話らしい会話……と言っていいのかはわからないけれど、少しずつ牛島くんとも話ができるようになってきた。最初はただ私の質問に一言返してくれるだけだったけど、ちょっとずつ言葉が多くなってきている。ように思う。
「左利き羨ましいなぁー。私も小さい頃サウスポーに憧れて無理矢理お箸左で持ってた時期があったよ。全然食べられなくてすぐ諦めたけど」
「無理に利き手を変える必要はない」
「でも左利きの人って頭良いとか言うじゃんね」
「厚木はそのままでも頭が悪いわけではないだろう」
そのままでいい。そう言った牛島くんは自分の左手に視線を落とした。私も釣られるように自分の右手を見てみる。
たかが利き手。左か右か二分の一の確率で、昔は半強制的に右に直されたらしいとかよくいうけど、今の時代は矯正されたりすることは少ないから左利きの人も周りに結構いる。不自由な点も多くて大変だと聞くけど、それでもやっぱり私からすれば憧れの対象だった。
自分と違うもの、他の人とは違うものを持っているって、それだけでとても魅力的に見えてしまう。私はすごく単純だから、そういうものをシンプルにカッコイイと思ってしまうのだ。
「私がなりたくてもなれなかったものを、牛島くんは当たり前のように持ってるって、凄いことだよね」
グーパーと左手を動かしてみる。右手と感覚は変わらないのに、お箸やペンを持つと急に意思疎通が取れなくなったかと思わせられるほどに動きが鈍くなってしまうから不思議だ。
「やっぱり左利きは私から見れば羨ましいよ。かっこいいし」
「そうか」
「うん。そんなところも好きです!」
そう言ったら牛島くんは少しだけ表情を柔らかくして「知っている」といつも通り呟いた。
やっぱ左の練習今からでもしようかな。そう言ってぎこちなくお箸を持ち替えて、震える手で残りのご飯を食べようと頑張っていたら、牛島くんが少しだけ呆れたような顔をして「そのままで良い」と言うから、私は笑いながら右手にお箸を持ち替え直した。
―――――――――――――――
「あっ。……えっ?牛島くん?」
休みの日に家でだらだらと過ごしている時間は至福である。そして少し暑くもなって来たこの時期、そこにアイスでもあればもっともっと満足度は上がるものだ。しかし冷凍庫を開けてもアイスなんて一つもなかった。
更なる幸福を得ようと家を飛び出したのは少し前のこと。家から出るのは正直面倒だけど、私は欲深いから、最高の休日を手に入れるためならば数分の外出くらい厭わない。
コンビニを出て直ぐの交差点にいたのは牛島くんだった。びっくりして自分の目を疑ったけど、相手も私に気づいたようで小さく「厚木」とこぼすように呟いた。どうやら私が会いたすぎて勝手に作り出した幻覚とか妄想ではなくちゃんと本人だったらしい。良かった。何故だかとても安心した。
牛島くんは少し早く練習が終わったから走り込みをしていたところらしい。練習が終わった後に走り込むって一体どんな体力なんだ。私には考えられない。うっすらと汗をかく牛島くんに、私は慌てて買ったばかりのアイスを一本差し出した。
「これ、あげる!良かったら食べて」
「ありがとう。だが買い食いは校則で禁止されている」
「今時そんなの守ってる人少ないよ!それにこれは私が買ったやつだから買い食いじゃないよ」
「そういうものか」
「そういうものです。何ならゴミも私が持ち帰るし。差し入れだと思って嫌いじゃなかったら食べて欲しいな」
渋々といった感じで受け取った牛島くんは、少し端に寄ってアイスの袋を開けた。同じように私も。二人で並んでアイスを頬張る休日。残念なことに私は適当に選んだラフなワンピースだし、牛島くんはジャージだけど、それでもすごく嬉しいことに変わりはない。家でだらだらしてた時に着てた中学のジャージのままで来なくて良かった。そのことに多少ホッとしながら、シャクシャクと無言でアイスを食べ進める牛島くんの顔を眺めた。
「……食べづらいな」
「アイス棒のタイプ苦手?」
「いや。そこまで見られると」
「あっ私?ごめんごめん」
牛島くんのことが好きすぎるせいでつい。心の中で言おうとしたつもりが口に出てしまった。けれど牛島くんは特にそれに関して反応は示さなかった。
「あ、のさ、瀬見も前に言ってたけど、牛島くん私のことうざいって思ってない?」
「何だいきなり」
「いや、なんか急に聞いてみたくなっちゃったというか」
「特にそのようなことは思わない」
「そっか」
別に気にしてたわけでもないけど急にふと聞いてみたくなった。牛島くんは本当に何にも思っていないのか、いつもと変わらない表情でそう答えて最後の一口を口に入れる。
「美味しかった。ありがとう」
「いえいえ。私が無理矢理あげたようなもんだから気にしないでね」
じゃあまた明後日学校でねと手を振ると、コクリと頷いた牛島くんはそのまままた走り出した。いつだってまっすぐ前を向いて止まることなく進んでいく牛島くん。常に姿勢が良い。その大きくて頼れる背中が好き。
長い横断歩道を渡り切った彼に向かって大きく名前を呼ぶ。牛島くんは不思議そうな顔をしながらも、少し速度を落としてこちらを振り返ってくれた。
「次の大会も応援行くから、がんばれー!!」
大声でそう叫び手を振りながらぴょんぴょんと跳ねる私に、牛島くんは静かに頷いた。
少しだけ、ほんの僅かに口角が上がっていたように感じるのは、私が勝手にそう思い込んでいただけかもしれない。けど、気分が良いから思い込みでも見間違いでも何でもよかった。