惚気爆発!天然が一番タチ悪い

月曜からのラスト一週間は、登校日に定められているため学年のほとんどの人が登校する。久しぶりに騒がしくなった教室に、懐かしさともうすぐこの光景が見られなくなってしまうという寂しさを同時に抱える。

登校日といっても授業はない。この一週間は大掃除だとか、卒業式の練習だとか、そういうものばかりだ。

四限目の終わりを告げる鐘が鳴るだいぶ前に、もう話は終わったからと早めに昼休みに入ることになった。他学年と他クラスはまだ授業中だからなーという先生の言葉に返事をしつつ、みんな既に廊下で騒ぎ始めてしまっている。かくいう私も一目散に教室を飛び出しいつものように購買へと向かった。


「あ、セミセミ」

「やめろその呼び方」

「三組早すぎない?」

「うちの担任HRわりとテキトーだから」


人の少ない食堂は注文とほぼ同時くらいに品物が出てきて感動する。今日の日替わりランチはチキン南蛮だ。何も頼んでいない瀬見に、お腹空かないのかと聞いたら彼女と食べるからいいと返された。二人きりでの昼休み羨ましい。そう言えば、お前も若利と抜け出せばいいじゃんとニヤつかれた。


「やっとくっつけたか」

「そう!瀬見のおかげ!ありがとう!」

「弱みでも握ったんじゃねーの」

「違うよ失礼な!!」

「わかってるよ」


ははっと揶揄うように笑って瀬見はスマホを確認した。優しくふっと口角が上がる。彼女からメッセージでも届いたのだろうか。その表情がこの間の柔らかく微笑んだ牛島くんとぴったりと重なって、恋をしている人はこんなにも綺麗な顔をするんだなぁなんて、そんなことを考えてしまった。


「ねぇ瀬見、彼女のどんなとこが好き?」

「そんなの厚木に言うわけねぇだろ」

「えー。私の牛島くんの好きなとこは聞いてきたじゃん」

「それとこれとは別」

「彼女も県内進学だよね?今度私と牛島くんと四人で遊び行こうよ」

「何その謎メンバー」

「憧れのダブルデート的な」

「他誘え」


シッシッと手で払うような仕草をされて拒否られた。何を提案しても受け入れてくれない瀬見に頬を膨らませる。瀬見は「お前ら大学生とバレー選手なんて全然違う生活になんのにこの先に心配とか不安とかないのか?」と眉を顰めながら聞いてきた。


「ない!……いや、多少はあるけど、そんなのに屈してはいられない!やっとここまで来たんだから!」


目の前の不確定な不安に押しつぶされて、まだ描ききれてもいない未来図を見もしないうちに打ちのめされてたら何も出来ない。先があやふやだからってここで立ち止まってちゃなにも始まらないのだ。

今回はたまたま私が上京して、たまたま牛島くんのチームも東京だった。でも私がこっちで進学をしていたら、牛島くんが違うチームに行っていたら、離れ離れになる。でもたとえそうだったとしても、それを理由に何もしなうちから諦めようなんて、そんなことはしたくない。


「二人ともずいぶん早いね」

「詩織ちゃんもう食べ終わりそうじゃん、どんだけ早く終わったの」

「おはよう天童と大平くん」


混む前に注文してくると言って離れていった二人と同じタイミングで瀬見も席を立ち、じゃあなと言って彼女のところへ向かっていった。その入れ違いでやってきた牛島くんと山形くんも「厚木はえーな」なんて言いながら天童たちの方へと歩いて行く。

改めて牛島くんの顔を見ると、いつもよりももっとドキドキした。この前は二人きりだったけど、今はそうじゃない。山形くんと話している後ろ姿を盗み見るようにしながら、チキン南蛮の最後の一欠片を口に入れる。


「にしても実感わかねーな、若利と厚木なんて」


昼休みも後半に差し掛かった時、フと山形くんがそう言った。それに同意するように天童もウンウンと大きく頷いている。


「若利は厚木に弱みでも握られたのか」

「違うってば失礼な!」


本当はサプライズ発表みたいに報告したかったのに、もう既にみんな知っているようだった。自分からこの手の話題は振らなそうではあるけど、牛島くんって隠し事とかしなさそうだし、聞かれたら普通に答えるんだろう。

自分の話題であるにもかかわらず、特に気にしていないのか、表情も変えずに牛島くんは綺麗に定食を平らげた。未だ疑わしげな視線を飛ばしてくる山形くんたちに見せつけるように、牛島くんの方に椅子を寄せ腕を組むように絡めてみる。


「もうなんでも出来ちゃうもんね」

「若利くん微動だにしてないけど」

「厚木のドヤ顔がなんか腹たつ」

「仲良さそうで安心するよ」


牛島くんの肩に頭を預けるようにしてみる。それでも何も言われないけど、でも嫌がる素振りも見せないので許されているということなんだろう。


「牛島くんの腕すごい太くて感動してる」

「厚木のに比べればそりゃあな。そんなんでいちいち感動しててこの先大丈夫なのか」

「かっこいい……」

「もう何も聞いてないよ詩織ちゃん」

「大好きです!!」

「知っている」

「牛島くんは私のこと好き?」

「ああ」

「……!!聞いた!?みんな!!」

「ほぼ無理矢理言わせたのを聞かされた」


この調子で本当に大丈夫なのかと眉を顰めた山形くん。そんなに私たちのことを心配してくれるなんてとっても優しい。スーパーフレンド。天童は口元を押さえながらプププっと笑っていた。普通に笑われるよりもなんかムカつく。


「でも厚木さんと付き合うことは若利自ら報告してくれたんだよ」

「そうなの?天童とかに聞き出されたとかじゃなく?」

「くっつくなら卒業式の日だと思ってたからこのタイミングだとは予想してなかったよ」

「俺から伝えた」

「嬉しいんだけど!!」

「卒業式は多くの人が告白を実行すると天童に聞いた。もしもこの中で厚木のことを好きな奴が他にもいたら申し訳ない」

「……応えられない気持ちには余計な期待を持たせない方が相手のためだってやつ?」

「ああ。なぜわかった」

「牛島くんが実際に私にそう言って振ったからだよ!!」


私たちのやりとりにお腹を抱えて笑う二人が、「そんな心配いらねぇよ」なんて失礼なことをいいながらバンバンと手のひらでテーブルを叩く。


「厚木と恋愛するとか体力持たねぇ」

「若利くんじゃなきゃ制御できないでしょー」

「二人とも私をなんだと思ってるの!」

「こんなに毎日若利に真っ直ぐなところ見せられたら、そこに自分から入り込もうとは思えなくなるよ」

「大平くんは可愛いとかいいなぁとか一瞬くらいは思ってくれたことないの?今なら正直に言っても大丈夫だよ」

「第一印象は確かに綺麗な人だったけどなぁ……」

「俺は初めて話しかけられた時の話題が『あの先生パンツ見えてない?』だったからそーゆーコト思ったことないよ」

「ソレ初めて聞いたわ……マジかよ厚木……」

「ドン引きじゃん山形くん。なんで天童バラすかな」


未だ笑い続けている三人に口を尖らせる。しがみつく力を強くしたら、牛島くんがやっとこっちを向いた。

そしてジッと見下ろされる。黙っているのに圧が強い。至近距離で目があってドキドキするけど、何も言われないので牛島くんの心の中がわからず別の意味でも緊張した。


「厚木の日頃の行いや強さを間近で見ていて好きにならないのが不思議だ」


牛島くんが放ったその言葉にピシッと体が固まった。三人も同じように口を噤む。揶揄うだとかそのような裏は一切なしに、心の底からの本心だというその態度がまた私を混乱させた。

嘘偽りなく本気でそう疑問に思ってくれているのだ。それがありありと伝わってくる。


「う、しじま、くん、」

「どうした」

「……好きです」


プシューッと風船の空気が抜けるみたいに脱力しながら俯いた。牛島くんの腕に額を預けてどうにか体勢を保つ。真っ赤な顔を隠すように慌てて顔を覆ってみたけれど、もうみんなには思いっきり見られてしまっているはずだ。

無理やり絞り出した弱々しい好きですと言う言葉は、どうにか牛島くんに届いてくれたらしい。俺も好きだといつも通りの声色で返事をくれた。


「この場を変な空気にさせるやりとり見せつけられんのもあと四日だけで良かったー」

「天童が変な空気にさせられることに苦言を呈するのか」

「これからも上手くいきそうで安心するよ」

「どう考えても公害レベルの無意識バカップルだよねー」

「周りの被害が計り知れねぇ」


みんなが何か言ってるけど、何も頭に入ってこなかった。大好きな牛島くんだけが視界に入る。

幸せすぎて胸が苦しい。あと四日だなんて言わないで。このまま時間が止まってしまえばいいのに。



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