天涯比隣!それでも寂しさは拭えない

自由登校なのでもはや放課後という感覚でもないけれど、こうして制服を着て牛島くんとファーストフード店に入ってグダグダする、そんな時間が訪れるだなんて思ってもみなかった。


「詩織ちゃんケチャップちょーだい」


二人きりじゃなく天童も一緒だけど!!


「いいけど持っていきすぎ!!私の分なくなる!!」

「ケチー」

「ケチじゃないから!すんごい勢いで持っていったじゃん!!見て、もう半分無い!!」


わいわいギャーギャーとポテト片手に争う私たちを気にすることなく、牛島くんはナゲットを一つ口に入れた。

明日、本命の合格発表がある。帰りに緊張してきたと騒いでいたら、じゃあ寄り道して帰ろうと天童が提案してくれたのだ。今日はなにも予定がないという牛島くんまで誘ってくれた。ナイスすぎる。山形くんは入学手続きのことでいろいろあるらしく門のところでそのまま別れた。残念だ。


「こんなところでこんなくだらない喧嘩するのやめよ!」

「詩織ちゃんたちと過ごせるのもこれで最後かもしれないしね」

「なんでそういうこというの寂しいじゃん」

「だって来週で卒業だし」

「卒業しても遊んでよ!会いたいよ!東京きてよ!!」

「エ、遠いからヤダ」

「なんでそういうこと言うのー!」


天童はめんどくさ、という表情を隠そうともせずにポテトを二本一気に頬張る。

あと、一週間。ちょうど来週の今日が卒業式だ。二月は受験だったりですごく忙しいのに、なんで二十八日までしかないんだろう。

他の県の学校とかは三月九日とか十日あたりまで学校があるところもあるっていうのに、宮城の学校はほとんどが一日だ。白鳥沢も例に漏れずその日程。休みは多い方が嬉しいけど、でももう最後なんだって思うと一日でも長くあってほしいと思ってしまう。


「というか今の今までずっと聞いていいのかわからなくて聞けてなかったけど、天童って卒業後どうするの?」

「ん〜?パリに行く」

「え〜めっちゃすごいオシャレ〜どこにあるの?」

「は?フランス」


なに言ってんの?とでも言うように顔を顰めた天童は、「地理は勉強しなかったの?」と深刻そうな声で聞いてくる。わかるわ。たとえ勉強してなくてもフランスの場所とその首都がパリってことくらいわかるわ。授業でもやったじゃん。


「……って、え、ガチなパリ!?なんとかパリみたいなオシャレ学校名とか会社名ではなくて!?」

「ウン」

「言ってよもっと早く!!国内だと思い込んでたから余裕こいてたじゃん!!」


まさか国外、それもアジア近隣じゃなくヨーロッパだなんて。そんな移動も何もかも大変な所に行ってしまうだなんて思ってもみなかった。

世界地図上では場所はわかるけど実際に行ったことはないから、どのくらいの遠さなのか想像がつかない。連絡は取れるけど、会おうと思っても滅多に会えなくなってしまうじゃないか。


「…………」

「そんなに落ち込まれるとは思ってなかった」

「天童の考えがあるはずだから落ち込んでるわけじゃないけど、寂しい」

「まー寂しいよねー」

「とか言いながら笑ってんじゃん!!」

「だって別に一生の別れではないわけだし」


ケラケラと笑う天童は、本当にいつもと変わらない様子だった。


「フランスに何しに行くの?」

「ショコラティエの修行?」

「やばいかっこいいじゃんナニソレ……!こっちで製菓の学校とか考えなかったの?」

「遠回りじゃん。どうせ後々行くことになるなら、最初から行った方が良くない?」


天童とのいつかの会話を思い出す。天童らしい考えだ。衝撃は大きいけど、自分に正直で一直線な天童が選んだ選択だと思うと腑に落ちる。


「本当に寂しくなるね牛島くん」

「ああ、そうだな」

「詩織ちゃんもパリに遊び来なよ」

「いきたーい!パリって言ったらやっぱさー、壮大でカラフルな街並み駆け抜けて、可愛い服着て、『ひとめ惚れにもレシピがあるのよ』とか言って、あの真っ赤なカフェでクリームブリュレのおこげを潰して食べたいよねー」

「なにその妙に具体的な理想」

「有名な映画だよ!!パリ行く前に見た方がいいよ!!」

「えー」

「パリに行ったら天童も一緒にそれできるように見ておいてよ!!あとでメッセージで送る!」


牛島くんも一緒にやろうね!そう言ったら、牛島くんは頭の上にハテナを浮かべながらも「パリに行く機会ができたら見るようにする」と言ってくれた。

それにしてもみんな本当にバラバラかぁ、寂しくなるなぁ。そう呟いて、しなしなになったポテトを一つ口に入れる。天童がチラッと私を見て、それから牛島くんの方を見た。


「聞いてないの?」

「なにを?」

「若利くんのチーム、東京だよ」

「…………ええ!!」


あまりの驚きに店内に響き渡るほどの大声が出てしまった。急いで周囲の人に頭を下げる。声量を抑えながら、隣に座る牛島くんに「ど、どういうこと牛島くん!本当なの!?」と問えば、牛島くんはいつも通りに「ああ」と答えた。

牛島くんがどこに行くかは気になって気になってしかたなかったけれど、どこか知るのが怖かった。遠くに離れてしまったらどうなるんだろうとか、学校外で会えなくなったら本当にただの選手とファンの関係になっちゃうのか、とか。今でさえ友達だと思ってはいるけど、牛島くんがどう思ってくれてるのかはわからない。このままあやふやに離れていっちゃうのかな。そんなの嫌だ。絶対離れたくない。でも現実はそう上手くいかないのだということも頭の片隅ではわかってる。

受験を理由に考えないようにしていたこの恋の不安要素が急に襲いかかってくる。大きく息を吸って、体の力を抜くように一気に吐いた。ストンと肩が落ちる。背もたれに寄りかかって、少し遠くを見つめた。


「思ったより近いところに居れるんだねー」


他人事のように呟いた私に天童くんはなにも反応せず、勝手にまた私のケチャップを奪っていった。牛島くんが最後のナゲットを食べ終えて、丁寧に箱を潰す。

同じ東京にいたって、今とは全く違う生活になる。

思ったよりも暗くなってた外を見て、そろそろ帰った方がいいんじゃないという天童の言葉を合図に店内を後にした。


「また来週ね!」


この挨拶ができるのももう今日で最後だ。一週間後、私たちはみんな別々の進路に進むべく、同じこの制服を着て同じ場所で卒業証書を受け取っている。



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