羽ばたけ!蟻の思いも天に届く

「はっはっはっは!!」

「外野!!笑いすぎなんだけど!!」


球技大会では、その球技の部活に所属している人はその種目には出られないというルールが適用されている。まぁそうなるだろう。各部活が強い我が校ではスポーツ推薦組もたくさんいるわけだし。牛島くんがバレーとかに出たらどのクラスも勝てっこない。

そんな私はというと、今まさに試合中だ。いや、だった。今ちょうど終わった。


「笑いすぎだよホント。失礼しちゃう」


私が出ていたのはバレーボール、ではなくバスケだ。なぜかというと牛島くんもバスケに出ているからだ。同じ種目は時間が重ならないようになっているから、同じ競技に出てしまえば牛島くんと被ることはないのでちゃんと応援できる。


「ドリブルしてる感じうまそうなのに、シュートが面白いくらいに入らないな」

「なんでだろうなー、不思議だなぁー。打つ前これは行ける!と思ってんだけどね」


山形くんのチームは初戦でうちのクラスに負けたらしい。ちなみにサッカーに出場していた。ちなみにさっきの試合で私も負けた。次の試合は牛島くんのクラスなので、もうすでに彼はコートの中でアップを行なっている。

試合はすぐに始まった。キュキュッという、バレーでもよく聞くシューズが床に擦れる音が絶えず響き渡る。牛島くんはバスケもできるなんてすごいな。関心しながら見つめていると、隣から視線を感じた。


「……何?」

「いや?」

「えー気になる」

「……なんか気がついたら自然に一緒に見ててなんかびっくりしたというか」

「確かに二人きりって新鮮じゃん!いっつもみんないるしね」


寒くなってきたからジャージのファスナーを一番上まで上げる。カイロあるぞと出してくれた山形くんは、私の手のひらに温かいそれを置いて、もういらないから使えと言ってくれた。


「最高〜やさし〜」

「そんな素直に言われると照れるわ」

「変なダジャレをいきなりぶちこんでこなければ山形くんはかなり良いと思う。カイロはあったかいろ的な」

「今のは俺じゃないぞ」

「まぁ友達として聞いてる分にはおもろいし好き」

「今のは俺じゃないからな」


ダンっと近くで音がして二人してハッと顔をあげる。危ない。すぐ側にボールが飛んできていたことに二人して気がつかなかった。


「大丈夫か」

「大丈夫!!」


ボールを拾い上げた牛島くんがジャージの腕を捲った。おお、バレーのユニフォームは半袖だし、牛島くんの腕に見慣れてないわけじゃないけどその仕草にはテンションあがる。

チラッと視線をこちらに向けた牛島くんに、周りには聞こえないように小さく「頑張って」と声をかけた。こくりと頷き彼はコート内に戻る。一連の流れを見ていた山形くんの、「若利も丸くなったよなぁ」なんて言葉を聞きながら、ちょうどよく味方からパスを受け取った牛島くんがシュートを入れたことに叫びながら拍手して、試合の行方を見守った。


―――――――――――――――


朝から晩まで寝る間も惜しんで勉強漬けで、疲れたからと休憩を取ろうとしても何もしないその時間が不安で、何をしても精神的にまいってしまう。

センター試験まで一ヶ月。ついにここまできてしまった。本格的に始まるカウントダウンに教室中がピリピリとしている。私の本番は二月だけど、それでも教室を蝕むこの空気にはついつい流されてしまう。

右肩上がりに点数が伸びてきたことに安堵した秋。コツコツ貯めてきた勉強貯金はしっかりと私の実力として備えられていた。そのことに安心をすることもあれば、だからと言ってまだまだ安全とは言い切れないラインにいることに不安も隠せない。

高校受験の時はもう少し精神的に楽だった気がする。白鳥沢への合格ラインに届いていたからかもしれないけど、それでもなんか、もっと。あまりぐるぐる考えすぎるような性格をしていないから、こうして悩まなきゃならにことに対して耐性がないのかもしれない。

そんなことを考えてしまうほど、いてもたってもいられなくなる。これが大学受験の厳しさなのだと、この時期に改めて自覚させられた。


「牛島くん」

「厚木か」


ちらちらと雪が降っている。積もりはしない程度のものだけど、それでも気温はかなり低い。頬に舞い降りた白い花がふわっと溶けて消えてった。牛島くんは昇降口の外で立ち止まったまま、じっとこちらを見つめている。


「ジャージ、寒くないの」

「今は大丈夫だ」


後輩たちの練習に参加している牛島くんは、引退してからもこうして放課後は一生懸命バレーに打ち込んでいた。高校でのバレーが終わっても次があるからだ。

私もそうやって前を目指すのだと考えてきたけど、次があるようで次がない今の状態では足元がふらついてしまう。合格しなきゃ道は開けない。誰だってそうだ。でも、それがどうしても不安になる。


「厚木も、今風邪をひいたら大変なんじゃないか」

「うん。カイロ超貼ってるよ。一ついる?」

「いや、いい」


白い花が触れては消えて、触れては消えて。牛島くんのジャージに小さなシミを作ってく。そろそろ帰らなきゃ塾の時間に間に合わないからと足を進めようとした時、牛島くんが「厚木」と私の名前を呼んだ。


「何をそんなに不安がっている」

「何を……?」

「そんなに恐れるほど努力を怠ってきたのか。違うだろう」

「…………」


牛島くんの言葉の意味を理解するより先に、じわじわと目頭が熱くなった。努力はした。出来る限り。三年かけて習慣付けた毎日の勉強もここにきてちゃんと成果も出てくれてる。最後のこの期間も、手を抜かずに頑張るのだ。


「牛島くん、好きです」


そう言った私の声は、震えているし小さいし、なんて言ったのか良く聞き取れなかったと思うのに、もうその言葉が来るだろうと牛島くんはわかっていたみたいで「知っている」といつも通りに返してくれた。


「また明日ね」

「ああ」

「風邪ひかないでね」

「厚木こそ」


片手を上げた牛島くんに手を振りながら歩いた。いつもは遠ざかる牛島くんの背中を私が見つめているのに。なんだか変な感じだ。

パンパンに膨れ上がった思考回路が雪みたいに溶けていく。軽くなった体で大きく息を吸った。冷たい冷たい、十二月の仙台の空気。脳の隅々まで染み渡るその寒さが私の落ちていた感情をぐんっと空に羽ばたかせる。

頑張れとは言われない、その一種の脅しのような牛島くんのエールが、残りの期間の私を奮い立たせえてくれる。私の強さになる。



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