先輩爆誕!高きに登るには卑きよりす

テーブルに肘をつき、顎の前で指を組む。黙り込んだ私に、向かいの席に座る瀬見が面倒くさそうな表情をしながら「なんなんだよ」と吐き捨てるようにつぶやいた。


「なんなんだよはこっちのセリフですよ瀬見英太くん」

「いきなりフルネーム怖ぇよ」

「英太くんは私に言う事があるんじゃないですか」

「急に名前で呼び出すな」

「何いつの間に彼女とか作ってんの!!」

「声デカッ」


若干焦ったように「なんで知ってんだよ」と聞いてくる瀬見に、女子の情報網なめんな!と言ってテーブルに伏せ泣き真似をする。瀬見は私がこんなに頑張っている中なんとあっさりと彼女を作った。あっさりとって言ったら怒られたけど、私にしたらあっさりとだ。


「私も彼氏欲しい!!」

「作れば。厚木ならすぐにできんじゃねーの」

「牛島若利くんっていう彼氏が欲しい!!」


もう素直に羨ましい。羨ましすぎる。私だってイチャイチャイチャイチャラブラブラブラブしたい。したいしたいしたい。そう言ったらそんなイチャイチャラブラブなんてしてねーよって言われた。絶対嘘だ。瀬見かっこつけたがりだから絶対雰囲気良い場所でなんかエモく告白してチューとかするんだ。


「私も牛島くんと付き合いたい」

「好きってのは聞いてたけど、付き合いたいってこんなにハッキリ聞いたのは初めてだわ」

「……そうかも」


はぁーと全身から空気が抜けていくような大きな大きなため息を吐いた。私が風船だったらペシャンコだ。


「牛島くんかっこいいな……」

「いきなり話がぶっ飛びすぎてついてけねーよ」


話したことがないと怖そうだとか堅苦しいとか思われて、近寄り難くなっちゃうかもしれないけど、彼の真面目で優しい性格とか、言葉通りに当たり前に努力してる姿だとか、彼に触れれば怖いわけじゃないのがよくわかる。牛島くんがかっこいい理由なんてたくさんある。性格、雰囲気、顔、体格、声。他にもたくさん。だけど、ただシンプルにバレーをしている姿が一番やっぱりかっこいい。

憧れちゃうくらいに強くて、うっとりするくらい強くて、思わず手を伸ばしたくなる。強いはかっこいい。強いは魅力的だ。強い輝きは他の何よりもキラキラしてて最高に綺麗。

牛島くんの全てが眩しい。手が届きそうにないくらい。


「ねぇ、付き合うって実際何するの?」

「……は?」

「手繋いだりとか、抱き締めたりとか、キスとかするんでしょ」

「おま、何聞いてんだよいきなり」

「いいなぁ、してみたいなぁ」


高校三年生。十七歳と十八歳の響きだけでキラキラ眩しい時期。今が一番青春の時。この時期が一番楽しそうってずっと思ってた。中学生の私からしたら高校三年生は憧憬の対象で、早くなりたくてたまらなかった。でも蓋を開けてみれば受験受験受験。待っていたのは時間的にも精神的にも余裕がない生活だ。

それもこれも私の合格ラインが厳しいからなんだけど。もっと余裕を持った学校でも良いと思える性格なら、もしかしたら憧れていた通りのキラキラな日々を過ごしていたかもしれない。

でもそれと恋愛は関係ない。受験で時間も余裕もないし、みんなこの時期は忙しいから恋はうまくできないよねと言い訳が出来ればいいのに。この時期でもちゃんと恋愛して付き合っちゃう人たちもいるのだ。こうもあっさり。お互いが好き同士ならすぐにこうして進展する。そして、私にもしも時間とかに余裕があったとしても、進展はしないんだろう。好き同士じゃないと意味がないのだ。


「瀬見が牛島くんだったら私のことどう思う?」

「頭は良いし、顔もお前が言うように可愛いとは思うし、部活の邪魔はしないし、不快には思わないけど、毎日毎日馬鹿みたいに告ってくる頭のヤベーやつ。距離は置こうとするな」

「……えー」

「まぁでも、若利は俺と違って特にヤベーとは思ってないだろうけど」

「そうかなぁ」

「珍しく弱気なのか」

「いや?絶対攻略してみせるし」

「なんなんだよ」


自分でもよくわかんないんだよ。やる気と現実が空回りを起こしそうで。でももう恋も受験もここまできたら戻ることも出来ないし突き進むしかないわけで。後戻りも出来ない性格だ。走り続けるしかない。


「瀬見先輩はどうやって彼女のこと落としたの」

「落としたとか言うな」

「先輩も私と同じで顔はいいもんね」

「顔はっていうな。あと先輩って呼ぶな」

「恋の先輩じゃん。あーいいなぁいいなぁ私も一緒に好きな人とカナやんとか歌いたい」

「歌わねぇよ」

「いやいや歌うでしょ。会いたくて会いたくて震えるー」

「それ失恋ソングじゃねーか」


チラッと顔を上げた私に、瀬見が眉間に皺を寄せて「こっち見んな」と吐き捨てる。そんな態度なのに珍しくヘコんでいる私の心情を察してか、少しだけ声色は優しい。


「一瞬グルグル考えて落ち込んだけどなんか……なんか湧いてきた」

「湧いてきた?」

「闘志が……」

「なんだそれ」

「うだうだ考えずに恋も受験もこのまま突き進んで突っ走って最高のゴールテープ切る!!」

「またいきなり声でけぇよ」

「瀬見みたいにイチャイチャイチャイチャラブラブラブラブしてやるし!!」

「そんなしねーから!他人巻き込んで大声出すな!」

「よっしゃ!!彼女が出来てもこれからは恋愛の先輩として私に協力したまえよ瀬見隊員!!」


そう言って拳を突き上げた私を見ながら、瀬見はお前と関わるとろくなことねぇよと呆れたように言いながらため息を吐いた。


「……なんも出来ないけど、今みたいになんか言いたくなったら話くらいは聞いてやるわ」


彼女最優先でお前と二人きりじゃ無い場所でな。そう言って席を立ち、歩いていった瀬見に私も背を向けて自分の教室を目指した。瀬見は、顔だけじゃなくて性格も良い。

強くてかっこいい、そんな牛島くんが好き。毎日毎日努力をし続けるその姿が好き。とにかく今日も帰ってすぐに夕方の塾まで勉強だ。苦手な問題を徹底的に潰していく。一つ一つやるべきことを確認しながら、一段一段登って行くんだ。



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