二学期開始!噂のお洒落ヘアーくん

夏休み明けのHRほど退屈なものはない。差し込む日差しはまだまだ夏の面影が色濃く、とてももうすぐ秋だなんて言えないくらいの強さだ。

この夏休み中に何をしただとか、どこに行っただとか話していて、朝のうちはみんなまだまだ長期休みの感覚が抜けきれていなかったはずなのに、先生のこれからの受験対策の話をもう真面目に聞いている。

一学期よりも本格化していく、受験のこの少々重苦しいと思える空気感は少しだけ苦手だ。もっと去年までみたいに騒いで楽しくわいわいしてたいのに、現実はそうもいかないのが辛い。

中学受験の時もこうだった。私は一般入試組だったから、それはそれはもう毎日追い込みで大変だった。正直頭は悪くないし、模試の判定結果でも焦ることはないくらいの良い成績だったけど、県内でも名高い進学校に位置する白鳥沢に受かるには、最後まで余裕は持たずにそれなりに勉強を詰め込まないといけなかった。

どうしても私は県内ならこの学校が良かった。だって、白鳥沢って有名だし。校舎も綺麗で、制服も私立って感じですごく可愛いし。自分は部活に励むようなタイプではないから、そういう類の青春っぽいことはできなかったけど、でも白鳥沢はバレー部だけじゃなくいろんな部活が強くて学校をあげて応援をしたりもする。部活の応援に行くって他の人の頑張りを借りてるみたいに思われるかもしれないけど、そういうタイプの熱い青春もここにいれば無条件に味わうことが出来るのだ。

全員平等に三年しかない華の高校生活。どうせならば、憧れが持てる場所で送るに限る。

志望校をぼんやりと定め始めた中二の秋頃からゆっくり開始した受験勉強。その時に思ったのは、高校入試がこれでなんとかなったからといって、大学入試はその期間じゃ足りないだろうってことだった。高校受験は元々の成績や実力を頑張って伸ばして食らいついていけばどうにかなったけど、きっとこの先はそれだとついていけなくなる。

そこそこのレベルのそこそこの場所に入れればいい。多分、自分の性格からしてそれではおさまらない。

全国の大学の中から狙えるだけ上を狙えるようにするためには、行きたい場所が定まったときに自分の実力との差に絶望しないようにするためには、それまでに自身の元々の底を大きく引き上げておかなければならないのだ。

一年生のうちから家で毎晩基礎を固めて、塾にもしっかり通った。なにもずっと受験対策としてバリバリ勉強漬けに生きていたわけではないけど、でも、高校生らしく友達と遊んだり思い出を作ったりしながらも、できる限りで備えてきたのだ。

机の中で控えめにスマホが光った。新着のメッセージ通知には、隣のクラスで同じようにHR中であろう友達の名前が表示されていた。HRだからっていじってんの見つかったら怒られるだろうに。って言いながら、私もしっかり返信しちゃうんだけど。

あーあ、夏も終わりか。どんどん短くなっていく残りの高校生活。近づいてくる受験本番。この学校からの卒業。

同じ中学出身の同級生は私以外に二人しかいない。二人とも特に関わりのなかった子達だから、同じ中学といえども今の今までほとんど話したことはない。今いる友達たちとはいつまで一緒にいれるんだろう。牛島くんにはいつまで好きだと伝えられるんだろう。そんなことを考えながら、担任の話に耳を傾けた。


―――――――――――――――


視線を感じる。怖い話では決してない。私は霊感は皆無だ。それでも確かな何者かからの視線を感じる。


「そこにチラッと見えてるおしゃれヘアー!!」

「――っ!!」

「きみ、一年生の五色くんだな!?」


曲がり角の影からわずかに覗いていた影に、ビッと指をさしながら勢いよく後ろを振り向いた。ハイッッッと大きな返事をしながら飛び出したのは、やはりバレー部の一年生、五色くんだった。

彼の名前はたくさんいる彼らの後輩達の中でも一番よく耳にする。みんなして困ったような口ぶりで彼のことを語るけれど、少し手のかかる後輩としてとても可愛がっているんだなぁと私はいつも思っていた。


「五色くんがどうしてここに?」

「えっと、あの」

「なんか聞きたいことでもあった?」

「エッ!!あのっ、……っ」

「なんでも先輩に話してみなさい!!」


ドンッと胸を叩き頼れる先輩アピールをしてみるが、目の前の五色くんにはあまり効果がなかったようだ。しかし彼はそんな私の様子を見て、意を決したように一度息を飲み、緊張した面持ちで口を開く。


「先輩は牛島さんとお付き合いしているのでしょうか!!」

「……え!?」

「えっ」

「ええ!?」

「え」

「私が、う、牛島くんと……お付き合い……」

「してないんですか?」

「してます」

「嘘だ!!」


早いな否定!聞いてきたのそっちなのになんでそんなにハッキリ否定すんの!!まぁ嘘だけど!!

五色くんは何故だか悔しそうに顔を歪めながら、「牛島さんにこんな可愛い彼女がいるなんて」とブツブツつぶやいている。今さりげなく可愛いって言われたな。この子はとっても素直で言い子だ。


「まぁ嘘だよ。まだ付き合ってません」

「本当ですか!!」

「そんなに安心したような顔しないで?」


理由は不明だが心底ホッとしたような表情を見せる。五色くん、素直で良い子そうだけど少し騙されやすようでどこか心配になる感じだ。そんなに焦ったりほっとしたりしている意味はよくわからないけど彼にもなんか事情がありそう。


「あ、もしかして私のこと好きだから焦ったとか?」

「違います」

「あっそう」


私と牛島くんが付き合ってないと知った途端に、少しずつ彼の緊張は溶けていったようだ。けれど、あの質問の答えがわかったらもう満足らしく、急にすみませんでしたと言って元気よく去っていった。いきなりの訪問と素早い撤退にこちらが置いてきぼりになってしまう。

おしゃれヘアー後輩くん。彼との初絡みは一瞬のものだったけど、きっとまたどこかのタイミングで会えるだろう。


―――――――――――――――


「現代文の教科書を持っていたら貸してほしい」


牛島くんが私の目の前に現れたのは、四限目が始まる数分前のことだった。


「…………」

「持っていないか」

「や、持ってるけど、え?」

「良かったら貸してほしい。急に授業の変更があった」

「…………」


耳を疑った。混乱する頭で「ちょっと待ってて」と言い、とりあえず立ち上がり、ロッカーにしまってある現代文の教科書を引っ張り出す。


「これだよね!?これでいいんだよね!?あってる!?」

「それだな」

「好きに使っていいから!ライン引いてもいいし、落書きとかパラパラ漫画描き込んじゃってもいいから!」

「わかった。描かないだろうが、使わせてもらう」


スタスタと教室へ戻っていった牛島くんの背中を見送りながら、チャイムが鳴るまで夢でも見ているのかのようなふわふわとした感覚に襲われ続けていた。

なんとか四限目を乗り越えた私は、いつものように素早く食堂へと向かった。すでにいた牛島くんは、私が今日もここに来ると思って教室ではなく食堂で待っていてくれたらしい。何それ好きだ。

ありがとうとお礼を言われながら受け取った現代文の教科書は、貸した時と全く変わっていないはずなのに何故だか神聖なもののように思えて持つ手が震えた。


「牛島くんが私の教科書を使っただなんて……!」

「前に厚木が俺が忘れた時は貸すと言ってくれていたから助かった」

「え、覚えててくれたの!?」

「ああ」

「――ッ好きです!!すごく好き!!」

「知っている」


だいぶ前の話だ。まだ牛島くんに話しかけ始めて間もない頃。その時の私なんかとの何気ない会話でも、牛島くんはこうしてしっかりと覚えてくれていた。


「また何かあったらいつでも言ってね」

「ああ、厚木もな」


牛島くんのそういうところが好きだと、改めて思う。



- ナノ -