「かんぱーい!」
大きな声を張り上げた古森は私たちの方を見ながら感慨深そうに今までとは違う長い息を吐いた。彼には私も角名もお世話になりっぱなしだったから、今日は報告を兼ねて三人で飲みにきている。飲みに、と言ってもアルコールが入っているのは私だけで、二人のジョッキには大きくこれはお酒ではありませんと書いてあるのだけど。
「本気で一時はどうなるかと思ったよ」
「私はもうダメだと思ってた」
「俺も」
「角名は口出すな」
「古森が一番諦めてなかったよね」
「もうマジで関わりたくねーって思ってたけど、このままなのは後味悪すぎたんだよ。俺には全然関係ないのに」
「「良い奴〜」」
「お前らふざけてんだろ」
古森がこんなにも私たちのことを気にして考えてくれていたから、私たちは今こうして三人でまたここで笑い合えている。彼がさりげなく私たちにしてくれたことは本当に大きいのだ。私と角名の二人だけなら絶対にうまくはいかなかった。きっとあのまま私は東京行きを決めていたと思うし、角名はそのまま最後まで私を引き止めることなく離れ離れのバッドエンドだ。
「古森も何かあったら俺に相談してくれていいよ」
「私も聞いてあげるよ」
「……どっちもめちゃくちゃ頼りにならねーと思っちゃうのは仕方ないことだよな?特に角名」
「ひどいな」
「恋愛相談とかマジでして良いの?好きな子できたんだけどどうすればいい〜角名はそういう時どうする〜?って」
「え……俺うまくいった恋愛とかそもそもないし。ナマエとのことを参考にするなら……とりあえずセフレから始めてみれば?」
「却下!ふざけんな!」
「あはは」
角名と古森はなんだかんだで良いコンビだ。角名は前より少しだけ明るくなった気がする。とは言っても本当に少しだけど。僅かなその変化でも角名にとっては大きなことで、少しでも素直に感情を表に出せるようになってきているのを見るのはこちらも嬉しい。
「そういえば割とギリギリだったけどよくすんなり東京行き断れたよな」
「それが結構大変だったんだよ。流石に凄い怒られたし。半分寝ながら説教聞いてたから内容はよく覚えてないけど」
「ミョウジ……やっぱ図太いよな」
古森が眉間に皺を寄せる。角名がその日の夜はナマエの機嫌がすごく悪かったと目を細めた。仕方がないじゃん。その日は本当に一日中怒られ、いろんな人に頭を下げた。
行く姿勢でいておきながらこんな間近にやっぱり残りますと伝えたから怒られるのは当たり前だ。だからそれについては何も言えない。相当な何かがあるとは思っていたからむしろ怒られただけで済んだのは良い方だとさえ今は思う。
「で、二人とも付き合い始めたらやっぱ何か変わった?距離感とか」
「特には」
「いつも通りだねぇ」
「えー、なんかないのかよ」
「付き合う前からセフレだったからやることも変わらないし」
「そういうことは聞いてねーんだよ」
「……あっ!」
声を上げた私に二人が反応を示す。何かあるの?と興味津々な古森と、俺は何も思いつかないと未だ考え込む角名。付き合ってからというよりも、お互いの気持ちを認め合って向き合い始めてからのことだけど。
チラッと角名の方を見る。怪しむ視線を投げかけられるけど、そんな視線でさえも今の私にとっては彼の感情が向けられていると思うと嬉しいものの一つになってしまうのだ。
「角名が早漏になった」
「「……ゲホッ」」
手に持っていたジョッキをガンッと音を立ててテーブルに打ち付けた二人がゴホゴホと咳き込み出した。気管入ったと苦しそうにむせる二人に大丈夫?と声をかけても咳込み続けるだけで反応はない。
「……おま、マジ、ざけんな!いらねーよその情報!」
「ねぇなんでそれ暴露したの」
「変わったことそれしか思いつかない」
「それしか思いつかないなら言わなくていいんだよ!」
「意識するしないの変化ってすごいんだなぁ〜って」
「確かに自覚してからのほうがヤバいけど。……てかマジで誤解だから。一回目だけでしょ。その後はそこまでじゃないじゃん普通だよ」
「どうでも良いからもうその話は膨らませんな!!家でやれ!!」
咳き込んで顔が真っ赤になっている古森と、納得いかないなと眉を顰める角名。そんな二人を見ながら笑う私。こうして三人でくだらない話をしながら一緒にいれる今がとても楽しくて、手放さなくて良かったと心から思える。
手元のジョッキをググっと煽って空にした私に「また飲み過ぎんなよー」と声をかけた古森に改めて感謝した。一番の被害者だと嘆いていた彼は、私たちにとっての救世主だ。
「今回の件で一番頑張ってくれたのはさぁ」
「俺かな」
「よく角名は自分でそう思えるな」
「古森じゃないかな」
「だよな!?」
そんなことないよと謙遜することはせず、「俺がいなきゃ二人とも本当にダメダメだったからなー」と大きく笑う古森。引くところは引いて、主張するところは主張する。私たちに足りないものを持っている古森のこの頭の切れる素直さが私たちには不可欠だった。
「自称一番の被害者ってやつ?」
「自称じゃなくてガチだろ俺は」
「お礼にまた奢ってあげるからハンバーグ食べ行こうね」
「またかよ。うまいからいいけど」
「……俺行ってないんだけど」
「行けるような雰囲気じゃなかったしな」
「次は角名も行こうね」
無言で頷いた角名に古森が笑う。追加で頼んだお酒も豪快に流した。また潰れるぞと呆れたように古森に言われるけど、潰れたら角名に持ち帰ってもらうから良いと隣に座る彼に寄りかかった。
とても気持ちが良い。ぐるぐると巡るアルコールがじんわりと体温を上げて思考回路を鈍らせ気分を高めていく。
この場所を手放さなくて本当によかった。こうやって三人でこれからも笑いあいたい。