It is better to have loved and lost, than never to have loved at all.

ミョウジは、正直に言うとサバサバしてるようでいてすげー面倒くさい。

角名は、さっぱりしているようでいて蓋を開ければマジでこっちが来るなと両手を突き出して拒否したくなるほど面倒くさかった。


「はぁーーー」

「ため息が大きすぎる」

「お前らのせいだからな……お前らのせいだからな!!」


このむしゃくしゃとする気持ちをありったけこめて目の前のハンバーグにナイフを入れた。割れたそこから泉のように溢れ出す肉汁がジュワッとプレート内に流れ出し食欲をそそる。どれだけ心が荒れていようがスッキリしなかろうが腹は減るし美味いものは美味い。目の前のそれを「うーん、やっぱこれが食べたい時に食べられなくなるって思うとこっち残ろうかなって気持ちになるわー」と蕩けた顔で頬張るミョウジは、俺の気持ちなんぞ露知らず平気でそんなことを言ってのけた。


「もうハンバーグが理由でもなんでもいいから残れよ」

「嫌だよそんな理由。流石にくだらな過ぎ」


ミョウジから電話がかかってきたのは先週のことだった。練習終わりにスマホを開けばびっくりするほどの通知が目に入って思わず「わっ!」と声を上げた。見れば内容なんて何一つないスタンプが何個もトーク画面に連なっているだけだったが、それだけで何があったかの大体の予想はつく。はぁとため息をついてそそくさと着替えて電話をかけると、彼女は暗い声で「来週どっかでハンバーグ食べに行こう」とそれだけを告げた。

もっと落ち込んでるのかと思った。仕事中も特に変わりのない様子だった。その日も、今日までも。そして今はどうだ。あんなトーンで誘ってきたにも関わらず俺よりも楽しそうに目の前の肉を思う存分堪能している。


「案外平気そうなのな」

「食べてる時は楽しくいなきゃ、美味しいものに失礼じゃん」


にっこりと笑ったミョウジにそれもそうかと思い、自分も皿を全て綺麗にするまでは余計なことは考えずにいようとまだ湯気のたつ熱いそれを口に含んで舌鼓を打った。

腹一杯になった様子で満足そうにごちそうさまと手を合わせたミョウジは、未だ暢気に鼻歌を歌いながら元気そうにしている。いや、元気そうに見せているだけだ。口元は笑っているのに瞳を覆う影は暗く、寂しさの色を隠せてはいない。ミョウジ、と俺が少し声を低くして呼んだのを合図に、彼女は歌詞の曖昧なふにゃふにゃとした歌唱をやめ、ゆっくりと視線を俺へと合わせた。


「角名とこの前話したけど、あいつは俺たちの思ってる以上にやばいやつだって」

「やばいやつ。知ってるけど、改めてそんな真面目に言われると笑える」

「笑い事じゃなくて。……正直ミョウジはもうあっち行って綺麗さっぱり角名のことは忘れたほうがいいんじゃないのとさえ思っちゃったよ」

「そうだね。多分、そうなんだと思う」


ミョウジが打ち明けた時、角名がなんて声をかけたのかは角名も話してはくれていなかったから俺にはわからない。だからといって、何て言ってた?とこっちから突っ込みすぎるのもなと悩んでいると、ミョウジは俺の頭の中を覗いたかのようにタイミングよく「角名に打ち明けた時さぁ」と話し始めた。少し笑いながら。瞳には寂しさを残したままで。


「東京に行くことになるかもって話したら、そうなんだって返ってくるのはある程度予想してたの」

「……あいつまじでそう言ったのか」

「どうするか迷ってるけどこのままじゃ行くことになるかなって言ったら、私のこと考えたら行った方がいいんじゃないとも言われた」

「まぁ、仕事のことだけを考えれば、それはそうだとも思うけど……」

「でね、最後にちょっと賭けてみたんだよね。角名がそういうのに乗ってこないってわかってたけどさ、私もやっぱり試したくなったの」

「なんて言ったの」

「あっちに行っちゃったら、角名とはもう会えなくなるね」

「……角名はなんて言ったの」

「それがさ、何も言われなかった」


あはは、と笑ったミョウジの声が騒がしい店内に溶ける。有耶無耶に躱されて、曖昧に押し込められたあいつからの返答は音もなく彼女に届けられることはなかったらしい。本当に何をやっているんだと行き場を失ったもどかしい感情が体内を巡る。こいつらのせいで俺はこの短期間のうちに何度頭を抱えデカいため息を吐いただろう。

何も言えずにいた俺に、「古森まで黙るのやめてよ」と自ら追い討ちをかけようとする彼女にかろうじて無理すんなと声をかける。自分でも驚くほどに弱々しい声になった。俺の問題でもないのに、こんなにも虚しく感じるなんて一体どういうことだ。


「そろそろ本気で答え出さなきゃ」

「……ミョウジはマジで行くつもりなの」

「こっちに残る理由も引き止めてくれる人もいないから、行くんじゃないかな。二人が言う通り私の将来のためにもその方がまぁいのかなー?とも思うし?」


努めて明るさを失わないようにと話すミョウジはなんだか見てられなかったけど、それにやめろという言葉もかけられなかった。いつもはもっと落ち着いてるやつだ。こんなに明るく話すミョウジはあまり見たことがない。その明るさが逆に不自然になっていることさえ分からないくらいに、きっと今の彼女はこうすることでしか仮のいつも通りさえ保てないんだろう。


「これだけ報告したかったの。今までありがとね古森」

「……なーんか、納得いかねぇ」

「最近いっつも私たちに納得してないじゃん」

「お前らがいっつもこんなだからだろ」

「古森が前に自分で言ってたようにさ、本当にある意味一番の被害者だよね」

「ほんとだよ。誰だってクソめんどくさい御託並べて自分の気持ち認めようとしないチームメイトと、もっとしっかりぶつかりゃいいのにそうはしない女の間に入りたいとは思わないっての」


話聞いてもらったし、この前も払ってもらったから今日は私の奢りね。そう言って席を立ったミョウジの後ろをついていく。「やっぱこっち出る前にもう一回くらい食べにきたいなぁ。いつでも食べれる範囲にあるときはここまで頻繁に食べたいとは思わないのに。不思議だね」と店の扉をくぐり俺の方を振り返ったミョウジが、店内とは打って変わって静まり返った駐車場にくるくると回りながらおぼつかない足取りで駆けていった。

今日は酒も飲んでないのに。酔った時でもそんなテンションにはならなかったじゃん。それを思うと本当に心苦しくて、きっと俺がこんなことを言うべきではないんだろうけど、そう思いながらもついつい俺はこの言葉を口に出してしまった。


「ミョウジ、」

「んー?」


ひんやりと冷たい風が現実を忘れさせてはくれない。冷静さを失うなと忠告するように俺たちの間を走り抜ける。そんなことしなくたって、無理矢理にでも振り切って忘れて夢のように明るく楽しい世界に飛び込んでいけるような薄くて軽い現実じゃないのにな。


「……こっち、残れよ。寂しいじゃん。俺はお前ともっと一緒にいたいよ」


握りしめた手がヒリヒリした。気を使って整えているはずの爪さえもが食い込んできて痛みを与える。暗い駐車場で、静かなこの場所で、時間が止まったみたいに二人して立ち尽くした。ミョウジも俺も、少し離れて向かい合ったままそこから動かない。

どれくらいの時間が経っただろうか。俺たちの次に出てきた親子連れの客が楽しそうに笑いながら横を過ぎて行った。キャハハと響く子供の声が遠くに感じられるようになった時、ようやくミョウジが口を開いた。

さっきまでの下手くそな明るさはない。あの日電話の向こうからした光の無い闇の中に放り出されたような暗いトーンで。ついさっきまで踊るように跳ねていた足はベッタリと地面にくっついたまま一向に動かず、綺麗に風に乗っていた指先は淋しく垂れ下がったまま。


「……なんで、古森がそれを言うの」


ははっと乾いた笑みを漏らしたミョウジの声がわかりやすく震えた。思わず込み上げてきたものをその場に留めるように必死に歯を食いしばる。ははっと再度笑ったミョウジはついに俯いて、「ごめん、ありがとう」と俺のところにやっと届く小さな声でただ一言呟いた。

ぱたぱたと音もなくこぼれ落ちた雫がアスファルトに小さなシミを作る。じわじわと広がるそれを降り止ませることが出来るのは俺じゃないんだ。小刻みに震える体を落ち着かせるように引き寄せても、彼女が俺の背中に腕を回すことはなかった。ミョウジがその腕を自ら広げるのは、俺じゃなくてあいつなんだよ。なんでそれがわかんないかな。溢れ出そうになるため息を唇を噛んで飲み込んだ。

クソみたいながんじがらめの恋愛とも呼べない感情をぶつけ合うだけぶつけ合って自滅しようとしている友人二人に、俺はこれ以上どう接していけばいいんだろう。
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