2020年9月1日

心が落ち着く場所というものが確かに存在する。それぞれにそれを感じる場所は違うだろうけど。私にとってのそれは、徹がいる所。それとあともう一箇所、両親がいる所だ。


「心の家は過ごしやすくていいなぁ」

「私もずっとここにいたい」


ごろごろと二人してリビングで寝転がっていたら、それを見たお母さんが「二人ともいつもそんな感じなの?」と可笑しそうに笑っていた。普段もそんなに変わりはしないけど、この怠けかたは少し異常ではある。それだけ居心地が良いのだとでも言えば良いだろうか。

これだけ心を許して寛いでくれていると嬉しいな、といつだったかお父さんも零していたっけ。徹は私の実家をとても気に入っているようで、来るたびにかなりリラックスした状態でいてくれるのがなんだか意外で、そして私も嬉しかった。

寝転ぶ彼に愛犬のゴン太がのそのそと近づいて行ったと思ったら彼の顔面を遠慮なく舐めあげた。徹はうわあっと驚いた声を上げながらも、「ゴンちゃんー」と撫で回しながら応えてあげている。その姿を見て、いつだったか徹が将来ペットを飼いたいなんて話をしていた事を思い出した。


「お腹いっぱいだし、なんか眠くなってきた」

「徹、先にお風呂入る?」

「いいよ。心入ってくれば?もうすぐお父さんも帰ってくるって言うから流石に挨拶しようと思って。ほら」

「そうなんだ。ってなんで徹に連絡いってて娘の私には来てないの」


俺気に入られてるからかなー。と少し自慢げに言った彼のことはスルーして、「じゃあ先に入ってくるね」と早速準備に取り掛かる。同じタイミングで起き上がった徹は、遊んでくれると期待し襲いかかるゴン太に押し潰されそうになりながらも「ごゆっくりー」とまるで我が家のように私に声をかけた。

これだけ彼がここに馴染んでくれているのが本当に喜ばしいことなのだと再確認する。お風呂場に向かう途中、良いタイミングで帰ってきたお父さんに「何で私には連絡くれなかったの」と声をかけると、忘れてたなんて茶化しながらケラケラと笑われてしまった。家族もかなり徹のことを気に入っている。その事実に思わず顔が綻んだ。


「もうここの家の住民になろうかな」

「あはは!いつでもおいでよ」

「それさっきお父さんにもお母さんにも同じこと言われた」


二人にも同じこと言ったんだ。それを聞いてさらに笑うと、お風呂上がりでまだほかほかとしている温かな彼に包み込まれる。クーラーでほど良く冷やされた部屋ではその体温が心地良い。学生の頃より荷物はだいぶ減った、懐かしい私の部屋。

電気を消して床に敷いた布団に二人して潜り込む。せっかくあるベッドは使わずに、ただでさえ狭い布団に無理矢理体を押し込めた。窮屈なこの感じが何だか楽しいと感じてしまうのは、久しぶりに実家に帰ってきた懐かしさと、ここにこうして徹がいるという事実が私を少なからず興奮させているからだろうか。


「……心、あのさ」

「うん?」


ぎゅっと背中に回された腕に力が込められる。彼の体で視界は全て覆われた。いつもより敏感になった聴覚が彼の声をより鮮明に捉える。意味もなく緊張して背筋が伸びた。彼の声が、いつもより真剣だったから。


「心はさ、……うわっ。えっちょっ、やめ、やめてストップストップ電気つけて電気」

「はっはっはっは」

「ちょっと笑いすぎなんだけど!心!電気つけてって!」

「今つけるから待ってて」


パチっと電気をつけてみれば、案の定彼の顔の上には元気よくゴン太が乗っかっていた。ぶんぶんと尻尾を振り回しながら必死に徹にかまってもらおうとする姿に、私のところにもおいでよなんて思わずヤキモチを焼いてしまうくらいのはしゃぎっぷりだった。


「好かれてるね」

「嬉しいなー。可愛いし。ほらおいでー、ってうわわわわ」

「今のは徹が悪いよ。同族だとでも思われてんじゃない?」

「同族!?俺も犬ってこと!?」

「…………」

「否定してよちょっと!!心ちゃん!?」


声を抑え気味に騒ぐ一人と一匹。大きい方と小さい方。そんなことを心の中で考えていると、大きい方が「なんか今また変なこと考えてるでしょ」と吠えてきた。


「ゴンちゃん、もう俺たち寝るからさ!遊ぶのはまた明日にしよ!?」


無理矢理ゴン太を引き剥がし、ゆっくりと頭を撫でてやる。ため息をつきながらも彼の表情は穏やかだった。

可笑しそうに笑って、徹が「ゴンちゃんもたまにしか心が帰って来なくて寂しいんだよね」と布団の中に招き入れる。私たちの間にある僅かな隙間に体を滑り込めせ、嬉しそうに器用に丸まった姿に二人で顔を見合わせて笑った。

俺もその気持ちはわかるから、今日は特別にゴンちゃんも一緒に寝かせてあげよう。なんて言って布団をかけてやる姿に、やっぱり将来ペットを飼うのはありかもしれないなぁとそんなことを思った。


「もう一緒に連れて帰りたい。可愛い」

「そしたらお母さんもお父さんも泣いちゃうよ」

「ん〜、確かに心もいないのにゴンちゃんまでいなくなったら寂しすぎるか」

「徹も前に言ってたようにあっちでペット飼えばいいじゃん」

「だめゴンちゃんじゃなきゃ」

「あはは」


二人と一匹。いつかこうやって眠る日がまたくるのだろうか。その時もこの子がまた間にいるのか、別の子がいるのかは、今はまだわからないけれど。


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