2019年10月16日

カーテン越しに差し込む僅かな光でさえも眩しく感じた。片手で髪の毛をかきあげて、覚醒しきらない頭を無理やり回転させて昨日の記憶を引っ張り出す。

左側にある自分のものではない温もりに目をやった。ここにきて俺のことを一番かっこいいだなんて飾らない言葉でストレートに言って、涙を流してくれた彼女は、どうして自分が俺と付き合えているのか不思議になると言っていたけど、俺からしてみれば彼女がそれを不思議だと思うことが不思議だった。

全国大会にあと一歩の所で毎回行けず、倒したいライバルには勝つことが出来ず、脅威的な存在が急成長しながら後ろから迫ってきていた。泥沼の中で必死に芽を出そうともがいているような感覚から抜け出せなかったあの夏。初めて彼女のことをしっかり認識した季節。

正直なところ俺はモテた。しかもかなり。だけどみんな俺の顔だとかそういうところしか見てくれていなかった。バレーが強くてかっこいい及川さん。キラキラした幻想を抱いて、俺の表面だけを掬う。まぁ確かに俺はキラキラしててかっこいいのも本当だから、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどさ。

彼女は俺のことをそれは流石に大袈裟すぎやしないかと思ってしまうくらいに評価してくれた。事実だからはっきりと言ってしまうと、あの告白の瞬間まで心のことなんて俺は少しも見ちゃいなかった。マッキーが仲良くしてる子がいるってことは知ってたけど、知ってる情報なんてほんとにそれだけ。だから呼び出された場所に行って心の姿を目に入れた時は、あれこの子ってマッキーのことが好きなんじゃなかったんだ、なんて今思うと少し冷たいことを考えていたくらいだ。

俺のことを選手として評価してくれる声ももちろんあった。けれど、それでもどこかで焦っていた。いつだって俺を褒める言葉の後には戦績や他校の奴らの評価も一緒についてまわる。

あそこまでの実力があるのに、全国大会に出れてないのは惜しいよな。青葉城西の及川はセッターとして要注目だ、けど今年は烏野に影山っていう天才も入ったらしい。もしも及川が牛島と組んでいたとしたら、もっと違う道があったかもしれない。他にもたくさん、いろんな言われ方をしてきた。

そんな中で突如現れた、特別バレーに生活の重きも興味も置いていないはずなのに、俺のバレーだけを見て、誰かと比べるのではなく一個人として絶対的に認めてくれる存在。戦績も、他の選手も関係ない。きっとバレー自体にもそこまで詳しくないであろう子が、ただただ俺の生き方を見てくれていた。その事実がほんの少しだけ俺の体を軽くしてくれた気がした。だからあの時手を取った。その選択は間違っちゃいなかった。

すやすやと眠る彼女の薄くて小さな肩を引き寄せ包み込む。すっぽりと腕の中に収まるこの子が、俺をいつだって見ていてくれる。それが何よりの支えだった。


『及川くんのその生き方、応援する!卒業してもずっと!』


あの時そう叫んでくれた彼女が今でも俺の隣にいてくれて、いつだって俺のバレーへの向き合い方を見てくれている。どうして俺と付き合えているのかなんて、そんなの俺が心のことを離してやらないからに決まってるじゃんか。


『別れるか別れないかを聞かれてるのがムカつく』

『一緒に来るのか遠距離になるのか、それを聞いてよ』


そう言って珍しく感情を荒げた日の彼女を思い出して、ぎゅっと抱きしめる腕に力を加えた。心との未来を一ミリも見ていなかった俺に恐れすら感じる。あの日彼女がああして俺に言い返していなかったら、俺の言葉に目の前を暗くして素直に別れの道を選んでしまっていたとしたら。考えるだけで地獄のようだ。

ピクッと反応を示した心がまだまだ眠たそうな目蓋を持ち上げる。ゆったりと俺のことを見上げた彼女に目覚まし代わりのキスを落とした。

俺の腕の中に今も彼女が居る事実が、奇跡のように尊い現実なんだ。


「おはよう、心」

「ん、おはよ」

「あはは、おはようって言いながら寝そうじゃん」

「んー、でも起きる。せっかく徹がいるのにいつまでも寝てたんじゃ勿体ないもん」


眉を顰めながら必死に睡魔に対抗する彼女に笑って、眠気覚ましに首元に噛みついてやった。驚きながら俺の名前を呼んだ心は僅かな抵抗を見せたけど、寝起きの柔な力なんかじゃ俺のことは振り解けない。

刻むように印をつけた。独占欲の塊みたいなそのマークは、彼女のそこでしっかりと存在を放っている。

手渡すものか。他の誰にも。拗らせた感情のように思われるかもしれないけど、そんなものでは決してない。真っ直ぐすぎる愛をただひたすらにぶつけたいんだ。一筋縄じゃいかない生き方を選んでしまう俺だけど、彼女に対してだけは、裏も表もひねくれもしない一直線でいつだって接していきたい。

あと数時間は彼女といられる。限られたその僅かな時間の中で、俺はどれだけ心に自分のこの気持ちを伝えられるだろう。


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