2012年12月3日

「お待たせ」


二人並んで歩き出した。待ち合わせをした昇降口はとても寒くて、もしかしたら外の気温よりも低いかもしれないと思えるくらいだ。マフラーに顔を埋めて、出来るだけ肌が外気に触れないように縮こまる私を見た彼が笑う。

こうして当たり前のように学校に行けば姿を見ることが出来て、毎週のように二人で過ごせて、会いたい時に会いにいける。朝でも夜でも聞きたい時に声が聞ける。同じ時間帯で同じような生活が出来ている。そんな日が、私たちにはあとどのくらい残されているんだろう。


「この前の公園でいい?それとも俺の家行く?」

「徹の家がいいな」

「寒いの嫌いだもんね」


フハッと小さく笑った徹が私の右手を取った。当然のようにこうして行われる行為が、当然でなくなってしまう日が来る。そのカウントダウンはもう始まっているのだと嫌でも意識せざるを得ないのが少し寂しい。冷えた私の体温を吸い取るように全体を包んでくれる、その大きな手のひらの存在を確かめるように握りしめた。

久しぶりに来た徹の部屋は特にこれといって変わってはいなかった。本格的な冬を迎えて、毛布の数が少し増えたくらいだ。お気に入りのコートを脱いでいつものようにハンガーにかける。シワにならないように徹のも一緒に。


「……いきなり本題に行くけどいいかな」

「うん」

「私ね、予定通りこっちで進学する。やりたいことがあるの」


徹が私に何も言わずに自分のやりたいことのために進路を決めたように、私は私で徹に関係なくやりたいことがあるのだ。

彼のように世界に挑戦するわけでも、誰かの憧れになるわけでも、元気の源になるわけでもない。そんな大層なものではないにしろ、自分で決めていた一つの小さな目標くらいはしっかりと追いかけたい。


「これから人生を賭けて大きな目標を叶えようとしてる徹の隣に立つんだから、自分で決めたその目標くらい、私もちゃんと最後まで追いかけなきゃ」


徹は静かに私の話を聞いていた。最後まで真剣な表情で。しっかりと目線を合わせてフッと微笑めば、彼は深い息を吐き、私の両手を強い力で握りしめてくれる。二人して布団の上で正座で向かい合ったまま。傍から見たらきっととってもおかしな状況なんだろう。

手のひらがジンジンするのは、暖房で暖まりつつある部屋の温度のせいではない。目の奥がつんと痛いのは、昨夜これから先の未来のことを考えすぎて寝不足になったからではない。

私の考えを受け入れるように目の前で瞳を細めて柔らかく笑う、そんな彼が何よりも愛しいと思えるからだ。


「……ありがとう」

「なんで、お礼言うの」

「俺の隣に立つこと、ちゃんと考えてくれて」

「そんなの当たり前だよ」


小刻みに震える手を握り返した。あたたかくて、力強くて、安心感があって、大きくて、硬くて、爪の先まで丁寧に整えられていて、一瞬触れただけでもわかるくらいに真剣にバレーボールへ取り組んでいることがわかる手。こんな風に生きている人の隣で、これからも生きていこうとしている人の隣で、何も達成せずその場しのぎでただ立っているようじゃきっといつか私は耐えきれなくなる。

どんなに覚悟を決めたって、私たちの間に立ちはだかる事になる距離と時間の壁というものに打ちのめされそうになる日もあるだろう。それでも今日のこの気持ちを思い出して、また一歩進んで行けたらいい。

ゆらゆらと二人して瞳の表面が揺れているのが面白い。ニッと笑いかければ、徹も同じように大きく口角を上げて笑ってくれた。


「心のこと好きになって良かったって思う」

「何、いきなり」

「今そう思ったからさ、ちゃんと伝えなきゃ」


彼の手が腕を伝い背中へと回る。ゆっくりと抱き寄せられ、そして静かに唇が触れ合った。何度も何度も、お互いの存在を確かめ合うように丁寧に繰り返す。ゆっくりと少し硬い布団の上に背中を預けて、冬の寒さを感じさせない暖まった部屋の中で、お互いの存在を刻み込むように肌に触れた。

こうして目を見て気持ちを伝える事もこれからは簡単には出来なくなる。一つ一つの些細なことまで、今まで以上に大切にしていきたい。


 | 


- ナノ -