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「あはははは!」

「そんなに面白い?これ」


少しだけむくれながら、手元にある一枚の紙をぴらりと持ち上げてきみの方へと向ける。そこに描かれている奇妙な物体を目に入れた瞬間に、先程飽きるほど笑っていたはずなのに彼女はまた笑いが止まらなくなっていた。


「そんなに笑われるとさすがに自信なくすんだけど」

「自信あったの?!」

「ちょっと、それは馬鹿にしすぎ」


きみが毎日毎日楽しそうな顔をしながら絵を描いているから、俺もちょっとやってみようかな、なんて思ってしまって勝手に横に並んでメモ用紙にぐるぐるとテキトーな絵を描いていたら、それに気がついたきみが勢いよく吹き出した。


「ていうかそれなに?」

「どっからどう見てもウサギなんだよな」

「すごいところから足が生えてる」


ウサギってかなり特徴あるじゃん。耳が長ければ大体ウサギだろ。俺的にはこれは完全にそれだと思えるんだけど、きみにとっては未知の生命体らしい。


「じゃあライオン描いてみて」

「急にお題が難しい」


頭の中に立派なライオンを思い浮かべて、慎重にペンを動かす。まだ全然描き出しだってのにもう既にプッと吹き出しているきみのことは無視して、真剣に線を描き足して行く。


「………出来た」

「………っ!!………むりっ」


笑いすぎてもはや言葉も出なければ息もできないというくらいに笑うきみは、「角名画伯…!」と俺の左肩へと倒れ込みながら未だに腹を抱えて苦しそうに笑っていた。


「そんなに笑うならきみが描きなよ」

「いいよ」


スラスラと安定した綺麗な線で迷いなく描き始める。それどっから描き始めてんの?と最初は完成形がどうなるかの想像がつかなかったのに、線が描き足されていく度にどんどんとシルエットが浮かび上がってきて、「完成」と満足そうにペンを置いたきみがこちらを見た時には、思わず声も出せずに拍手してしまうほどに、紙の上に誕生したそれは間違いなく誰がどう見ても立派なライオンだった。


「上手ぇ」

「まぁ、さすがに描けますよ少しは」

「少しってレベルじゃねぇんだよな」


さっきまで自分の中では完璧だと思ってたのに、彼女が描いたそれの横に並ぶと、確かに俺が描いたものはただのモジャモジャした気持ち悪いモンスターにしか見えなくなった。

貸して、ときみの手からペンを奪い取って、空いたスペースにあるものを描いていく。「それなに?」と寄りかかりながら聞いてくる彼女の頭にポンと手を置きながら「まぁ見てなって」と得意げに描き進めていった。


「見て、これきみ」

「え、私!?」

「うん。似てるでしょ」

「私ってそんな変なところから腕生えてるんだ……」


シュンと落ち込んだような声を出しながらも、笑いを堪えているのが震えているせいで丸わかりだ。「次、私の番」とその横にさらにスイスイと何かを描きだすその顔はとても楽しそうで、肩に預けられたままの彼女の頭を邪魔をしない程度にそっと抱き寄せた。


「角名くん描けた」

「………キツネじゃん」

「でもここに髪の毛とか足せばさぁ……ほら!」

「うわ、まじで俺だ」


フォルムはまんまキツネだけどね。それでも俺でさえ感心してしまうほどによく特徴を捉えていて、そこはもはや流石だとしか言えない。抱き寄せた頭をぐしゃぐしゃと撫で回すようにすると、風呂上がり特有のシャンプーの匂いが辺りを満たした。


「ほんとすごいや」

「まぁ毎日これだけ描いてるからね、それなりには」

「ここでちゃんと毎日やってるからだって答えられるのがすごいんだよ」

「好きだからねぇ」

「うん、すげぇ」


よしよしとあやすように撫で続けていると、もぞもぞと動いた彼女が「角名くんのバレーボールと一緒」なんてこちらを向いて笑った。


「あー、そうか」

「私はバレーボールどんなにやったって毎日やり続けてる角名くんには勝てないもんなぁ」

「そもそもきみってバレー出来るの?」

「出来ない。高校の時顔面レシーブして笑われた思い出ある。ルールはちゃんとわかるよ」


じゃあ今度一緒にバレーボールしに行こうか。そう言うと「私の話聞いてた?」と疑うような目を向けられる。俺はちゃんとヘッタクソな絵晒したんだから、きみのヘッタクソなバレーボールも俺に見せてよ。うぐっと言葉を詰まらせたきみがそれを聞いて「……そうだね」と少し悔しそうにしながら頷く。「マジで嫌そうじゃん」なんて笑えば「本当にできないんだって」と焦った声を出しながら肩に顔を埋めて、キュッと両腕を回してきた。

左半身に纏わりつくきみの体を正面へと回す。俺の膝の上へと移動したきみはそのまま首に腕を移動させて、しがみついて離れない。


「俺の絵を散々馬鹿にしたんだから交換条件だよ」

「馬鹿にはしてないよ」

「えぇ、あれで?」

「やっぱりちょっと馬鹿にしたかも……だって思ってた以上っていうか……でもあれは下手っていうよりももはや芸術だった」

「じゃあ俺も美大狙おうかな」


首元に埋められている頭をサラサラと撫でる。今日はやけにくっついて来るな。俺はいつでも大歓迎なんだけど。そう思っていたところできみが首元の腕を外して、くるっと体を回転させて後ろを向く。先程の落書きだらけの紙を大切そうに持ち上げて、「これ貰っていい?」なんてまたおもしろそうに笑った。きみのお腹に腕を回して、今度は俺が彼女の首元に顔を埋める。


「角名くんって意外と可愛い絵描くんだね」

「妹が小さい時に付き合わされてたからかも」

「あぁ。なるほど」


丁寧に折ったその紙をテーブルの上に置いてあった自身の手帳に挟み込んだ彼女は、俺に体重を預けるように後ろへと重心を移動させる。ぺろっと舌を出して首元を刺激すれば、俺の意思が伝わったのか、もう一度器用に体を回転させてこちらを向いた彼女がニコニコと笑いながら背中に腕を回して俺を見上げた。

軽く触れるようにキスを一つ落とすと、離れた瞬間にグッと彼女が再度唇を押し付けてきて少しだけ驚く。子供が遊ぶように繰り返される可愛らしいその行為にされるがままに付き合えば、満足したのかやっと唇を離したきみがふふっと俺の胸元に顔を埋めて笑った。


「珍し」

「うーん、楽しいからかな。今すっごい気分がいいの」

「俺の下手くそな絵が見れたから?」

「それもあるけど、角名くんと好きなこと一緒にできたからかなぁ」


弾むような声でそう言ったきみはもう一度顔を上げて、ちゅっと軽くまた唇を合わせたと思ったら、そのまま角度を変えて強く押し付けて来る。こちらからは特に何もせずにそれをただ受け入れていると、彼女の舌がチロッと口元に触れた。さすがに少しびっくりしながらも試しにそっと薄く口を開いてみれば、そのまま遠慮がちに舌をねじ込まれ、彼女のそれが不器用に俺の口腔を侵す。


「っふ、」

「笑われた!……頑張ってみたけどうまくできない」

「はは、練習が必要だ」


愛しい。自分が誰かのことをそう思えることに改めて驚きながら、そう思わせてくれる彼女の存在を確かめるように力強く抱きしめた。

お互いの好きなことを共有する。今こうして俺が彼女とそれを実現できていることがただただ嬉しくて、この関係性がずっと続いていけばいい。そう強く思った。



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