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二人して笑いが止まらなくなった。ヒィヒィ言いながらお腹を抱える角名くんの傍らには美味しそうなスープがお皿に盛り付けられている。どうしてこんなことになっているのかは私が帰宅した数分前まで話はさかのぼる。

ただいまと玄関の扉を開けても返事がなかった。部屋の電気もついているのにおかしいなと思っていたら、台所の隅でしゃがみこんでいる角名くんを見つけて慌てて駆け寄った。大きな体を小さく丸めて震えているので手でも切ってしまったのかと焦る。

ゆっくりと顔を上げた角名くんは笑いを堪えるようにして苦しそうに「おかえり」と言った。なんでそんなに楽しそうなのかはわからないけれど、とりあえず予想していた最悪の事態ではないらしいので一安心だ。すると「これ飲んでみて」といきなりスープの入ったお皿を差し出された。わけもわからず受け取って素直に口に含む。作りたてだろうそれは暖かくて、とても美味しそうな匂いがした。


「どう?」

「………これ角名くんが作ったの?」

「そうだよ。感想は?」

「………………えっと」

「はっきり言っていいよ」

「……………………不味い、すごく」


すごく。凄く不味い。え、なにこれどんな味付け?と私の頭の中はとても混乱している。見た目と匂いは間違いなく美味しそうなのに、口に入れると不味い。私の素直な感想と、思わずスープを見ながら歪めてしまった表情を見た角名くんはもう駄目だと言わんばかりに笑い始めた。


「早く帰れたからなんか作ろうと思ったんだけどさ、失敗した」

「失敗レベルが相当高いよこの味付け」

「途中までうまくいってたのにな」


再度スープに口をつけて味を再確認した角名くんは「ある意味天才かもしんない」と再び震え始めてしまった。私も釣られるようにもう一度飲んでみる。やっぱり匂いは良いのに口の中に感じる味は何とも言えない不味さでジワジワと笑いが込み上げてきた。絞り出すように「やっぱ不味いこれ」と言えば、それがツボに入ってしまったらしい角名くんがついにはお腹を抱えて笑い出した。

たいして面白くないはずなのに一度ツボに入ってしまうと何をしても面白く感じてしまって、不味いのが面白いのか二人して意味もわからず笑い転げているのが面白いのかもうわからなくなってきた。ひたすら二人で何度もスープを口に含みながら飽きるまで笑った。


「笑いすぎて意味もなく疲れた」

「一体どうしてあんなものが生み出されたの」

「それが本当にわかんないんだよね、途中までうまくいってたのにいきなりあんなクソ不味くなってた」


「おかげで他のおかずとかも作ってようと思ったのに何もできなかったんだけど」と申し訳なさそうにする角名くんに「他のもの作ってそれも全部まずくなるより良かったよ」と言えば「ひでぇ」とまた笑われた。

角名くんはたまにとんでもない味のものを生み出す時がある。これが初めてじゃない。今回はスープだったけど前回は肉じゃがだった。肉じゃがってそんなに難しい料理ではないと思うんだけどな。その時も見た目も匂いも完璧なのに味だけが何だかおかしかった。でもそういうものが生み出されるのは本当にたまにだけで、それ以外は毎回普通に美味しいのだ。

なるべく片方だけの負担にならないようにと家事はできる方が出来るものをと言う形でやっているので、比率で言うと半々に近い。料理は苦手だというからご飯は私が作ることがほとんどだけど、その代わりそれ以外を率先してやってくれる。

たまにこうやって時間があったり、何かの気まぐれでご飯を作ってくれる時がある。私が忙しい時とか時間に追われている時もやってくれるので本当に感謝している。ネットでレシピを見ながら簡単なものしか作れないけど、と申し訳なさそうにしていることもあるけど特になにも問題はない。もちろん味も。


「スープでこんなに失敗するってある?」

「ありえないことはないだろうけど、そんなにないんじゃないかなぁ」

「……自信無くした」


項垂れる角名くんの背中をポンと叩いて後は私がやるからいいよ、と言えば「ほんとごめん」と言いながらキッチンを後にする。が、すぐに戻ってきて「プラスチック回収するよ」とゴミ箱の中身を持っていった。そういえば明日はプラスチック類のゴミの日だ。朝一で出しやすいようにまとめてくれているんだろう。

ご飯は炊いてくれていたので、チャチャっと冷蔵庫にあったもので簡単におかずを作って持っていく。ちょうど洗濯物を畳み終えたらしい角名くんがソファ越しに顔を出して「ありがとう」と言いながらこちらへやってきた。

面倒くさいからなるべくサボれるところはサボりつつ、許されるギリギリの適当さで家事をすると言っていた角名くんだけれど、高校の時から一人暮らしなこともあって基本的なことは自分で何でもできるしちゃんとやってくれるから本当に助かる。

以前それを伝えたら「当たり前じゃない?」と何食わぬ顔で言われてしまった。「男は家事しないなんて前時代的だし、手伝うっていう言い方も嫌いなんだよね。二人で住むんだから、出来る事はやるよ」との答えが返ってきて少し驚いてしまったこともあった。


「…………あのスープまでちゃっかり用意されてる」

「捨てるのもったいないから」

「飲むわけ?これを?」

「飲めないわけじゃないよ、不味いけど」

「…俺はもう飲みたくないんだけど」


自分で作っておきながら本気で嫌そうな顔をするのが面白い。まぁ食材無駄にするよりは…と渋々受け入れた角名くんと手を合わせてご飯を食べる。ご飯中の会話はいつも今日はなにがあったとか、来週のお互いの予定を確認しあったりだとか、友達が変なことを言っていたとか、SNSで見かけたこの動画が面白いとか、取り留めのない話ばかりだ。


「慣れてくると意外といけるよ」

「……嘘でしょ、きみの味覚おかしいんじゃない?」

「えぇ、そんなことないと思うけどな」


一日の終わりに過ごす角名くんとのゆったりとしたこの時間が、楽しくて好きだ。



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