じどりあぷり



「バジこっち見て!こっち!」


その掛け声と同時にしっかりと私の方を向いたバジをカシャっと写真に収める。「今撮っただろ」と眉をひそめスマホを奪おうとするバジを上手いこと避けながら、「見て〜」とその撮った写真を本人に見せてみれば、バジは「……なんだコレ」とさらに眉間に皺を寄せた。


「オレが猫になってる……?」

「アプリの猫フィルター!」

「そんなんあんの」


もう一度アプリを起動して、今度はインカメで二人して画面へと写る。ひょこっと生えた耳と髭に驚いたように目を開きながら、スゲーと素直に感心する様子を面白がりつつ、「動画撮ろ」と声をかけると「何すりゃいいんだ」とバジが画面を指さした。


「カメラの方見て口開けてみて」

「あ?こうか?」

「そう!」

「うお、耳動いた」


何だコレやべぇなと驚くバジに笑いながら二人してパクパクとその動作を繰り返していると、「オマエマジで猫みてぇ」と笑ったバジが「千冬も呼ぼ」と急に電話をかけ始める。すぐに駆けつけてくれた千冬くんは、団地の外の花壇に座り込みながら撮れた動画を確認していた私たちを見て、不思議そうな顔で「なにしてんすか?」と首を傾げた。


「オレが猫になった」

「え?猫?……あぁ、アプリの!」


なるほどそういうことかと納得した様子の千冬くんは、先程の動画を再生させた画面を覗き込みながら「場地さん似合うじゃないですか」と意外そうな顔をしながら笑う。そんな千冬くんにバジは「舐めんな」と謎のドヤ顔を披露していた。


「千冬くんも入ってー。はい、撮るよ〜」

「ウワッ、なんだその千冬の顔」

「え、何か変スか」

「千冬くんキュルッキュル!超似合う!」


にゃんこだ可愛いー!と元気良くはしゃげば、「おいそれブレブレじゃねぇか」と文句を言ったバジがするりとスマホを奪い取る。そして私を抱え込むようにして後ろへと周り、三人全員がしっかりと写る角度を探してスマホを上下左右に移動させた。


「バジいっつもこういうの撮るよ〜って言うとノリ悪いのに珍し」

「猫だからな」

「猫ならいいんですか?」

「おい笑ってんじゃねぇぞ千冬」

「笑ってないです!」

「はははっ!!」

「テメェもだぞなまえ!」


ゴンっと軽く脳天にゲンコツを落とされる。暴力反対と後ろを向こうとしたら「暴れんな」とスマホを構えていない方の腕をがっしりと回され身動きが取れなくなってしまった。


「どこ押せば撮れんだ?ここか?」

「そこですね」

「よし、じゃあ撮るよ〜!!」


よくあるはいチーズの掛け声の直後に「にゃ〜」と付け加えてみれば、私の意図を察してくれた千冬くんも「にゃ〜」と同じように合わせてくれた。そのまま数秒待ってみてももう一つの声はなかなか聞こえてこない。千冬くんと二人して目線だけをバジの方へと向ける。

気まずそうに、それオレもしなきゃいけねぇのと言いたげな顔をしたバジに小声で「早く!」と催促すれば、少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめながら「に……にゃ〜」と子猫のような小さな小さな鳴き声を発した。


「っあはははははっ!!」

「テメー笑ってんじゃねぇぞコラ!!」

「……っ……場地さん、可愛いっすよ」

「千冬ぅ!テメェもぶん殴んぞ!!」


消してやるこんな写真!と暴れるバジから無理やりスマホを奪い取って「保存した〜!あとこれ写真じゃなくて設定さっきのから変えてないから動画だよ!」と千冬くんの胸ぐらを掴むバジにピースサインを送れば、「……絶対ぇその動画だけは広めんなよ」と釘を刺された。猫フィルターで自撮りをするのは良いのに、にゃ〜って言うのは駄目なんだ。私にはその差がよくわからない。


「でもごめんねバジ。保存と同時にマイキーに送っちゃった」

「ハ!?」

「送信取り消しておくね。……あっもう既読ついてる」

「嘘だろ!?」


慌てたバジは掴みっぱなしだった千冬くんの胸ぐらから手を離し私の方へと足を踏み出す。その瞬間に、ポケットにしまわれていたバジの携帯が大きな音で鳴り出した。嫌な予感がする。バジがイラつきながら「誰だ」と相手すら確認せずに電話に出たところで、千冬くんと目配せをして二人して逃げるように駆け出した。

すぐに聞こえてきた「っ全部忘れろ!今すぐ……ハ!?全員に一斉送信した!?何してんだマイキー殺すゾ!!」という叫び声に思わず立ち止まり、その場でお腹を抱えながら千冬くんと二人で笑いあう。息ができないくらいに笑ってしまって苦しんでいると「なまえと千冬、どこ行ったコラ」という声が聞こえてきた。


「やばい千冬くん!逃げろ!」

「あっ、待ってくださいなまえさん急に飛び出さないで危ねぇ!」

「あっいた、待て!」

「やばい圭介が本気で怒った〜!!」


ヒィヒィ言いながら出来る限りの全力で逃げる。鬼のような形相をしながら追いかけてくるバジを面白がって動画で撮りながら走っていると、「なまえさんも懲りないっすね」と千冬くんが呆れたように笑った。

これが私たちの日常。くだらないことで怒って笑って、いつもこんな感じ。



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