ゆめのえんちょうせん



「千冬くんの将来の夢ってなに?」

「……パイロットですけど、随分いきなりっスね」

「コイツの話がいきなり始まるのはいつものことだろ」


ふーん、そうなんだ。と、自分から聞いておきながら興味があるのかないのか分からないような声を出すのは、場地さんの幼馴染のなまえさん。

ブーンなんて言いながら、膝の上に抱えていた猫を両手で持ち上げぶらぶらと揺らし始める。「可哀想だろ」と、膝で猫を抱えていたなまえさんをさらに抱えていた場地さんが、彼女よりも二回り程大きな手で、にゃあと鳴くそいつを奪い取って傍に降ろした。

てくてくと歩きオレの横に座ったそいつの頭を撫でてやると、気持ちが良さそうにゴロゴロと喉を鳴らす。同じように場地さんに撫でられながら嬉しそうに笑うその人も、姿が人間なだけでまるで大きな猫みたいだ。


「ね、ね、千冬くんはバジの夢知ってる?」


ぷぷっと声を漏らしながら両手に口を当てた彼女が面白そうにこちらを見る。同時に「あっ、テメーなに笑ってやがんだ」と少しだけ恥ずかしそうにその頬をつねったバジさん達に、この人たちこれで付き合ってねぇとかおかしいよな、なんて思いながら「知らねぇっス」と正直に答えた。

すると彼女は目を輝かせながら、大きな声で「あのね、ペットショップ!」と嬉しそうに叫ぶ。


「ペットショップになりたいんだって」

「なりたい?経営したいとかじゃないんですか?」

「あっそうかも〜。だよね?圭介」

「……そうだけどよぉー」


ガシガシと少し照れ臭そうに自身の頭を掻いて長い黒髪を揺らす。場地さんが動物好きなのは知ってるから特別驚きはしないけど、まぁ、言われてみれば確かに可愛いかもしんねぇ。口に出したら絶対ェ怒られるだろうから心の中に留めておくけど。


「良い夢でしょ!」

「なんでなまえが誇らしげなんだ」

「場地さんらしくて良いと思います」

「ほら!ね、たくさんネコちゃんとかワンちゃんに囲まれながら騒ごうね」

「騒ぎはしねぇわ。ンなことしたらオマエ解雇だからな」

「……やっぱなまえさんも場地さんと一緒なんスか?」


当たり前のように二人とも一緒にいる前提で話を進めてくるからこっちの方が戸惑ってしまう。まぁこの人たちがこの先バラバラになるなんて思わねぇけど。いつだって仲が良さそうなこの二人がオレも好きだ。

パチパチと瞬きを繰り返しながら、そういえばそうだなと言う風に見つめ合う二人。あんな会話をしておきながら、「そういえばなまえはどうなんだよ」だなんて今更になって聞いている。


「私の夢?バジと同じところにいること」

「……ばっ、それは別に夢でもなんでもねーだろ!」

「えぇ?立派な夢だよ」

「もっとあんだろーが、もっと、こう、何か!」

「将来何してたって圭介がいないと意味ないもん。ねー千冬くん?」


えぇ、オレに振るんスかここで!?さすがにオレも少し困った。

でも「オレも場地さんにはずっと付いて行くつもりっスから」と素直に口に出せば、「オマエらなぁー……テメーの道はテメーで決めやがれ」なんて顔をしかめられてしまう。

それでもその声が少しだけ明るいのは隠しきれてない。それに気づいているから、オレも彼女も「バジ、カッコいー」「カッケェっス」なんて言って、少し居心地が悪そうにしながら彼女のことを抱え直した場地さんに笑顔を向けた。


「千冬くんはうちの常連になるね」

「金落とさねぇ客はいらねぇぞー」

「酷いっスよ!」

「あはは」


そんな風に遠いいつかの未来を語りながら、あの日三人で笑い合った。懐かしい記憶を辿って、オレたちはあの人にいつだって会える。


「にゃー。元気ですか〜」

「なまえさん、いくら店内に人がいないからって遊ばないでくださいよ」

「遊びじゃないよ、コミュニケーション」


ケースから子猫を取り出してふわふわと撫でる。その手つきの優しさは昔から変わってない。この性格も、空気感も、ちょっとズレたよくわかんねぇ考え方も。


「千冬くんはさぁ、パイロットになりたかったんじゃないの」

「…………そうっスね」


そして、彼女の中の場地さんっつー絶対的な存在も。

なまえさんが言おうとしていることは何となくわかる。場地さんみたいに彼女と何でもかんでも分かり合えるなんてそんな関係にはさすがになれねぇけど、これでも長い年月一緒にいるんだ。


「でもオレは自分でこの道に決めたんで」


それでも、こうしてたまに見せる寂しそうな表情を完全に晴らすことが出来る一言なんてオレには言えねぇ。あの人以外の誰が何を言ったって、彼女にとっては意味がないからだ。それがたまに少しだけ悔しいと思うことはある。

けれどオレの言葉を聞いて、ホッとしたように「良かった」とそう一言呟いて子猫を戻した彼女は、「私もだよ」と先程の影の余韻も残さずに大きく笑った。あの人が居た時にもよく見せていた、周りの何もかもを明るく照らすような表情だった。


「ん?今奥で大きい音しなかった?」

「……しましたね」


ヤベェ、水ひっくり返した!と慌てながらエプロンをびしょ濡れにしながらやってきた一虎君に「ちょ、何で脱がないんスか!」と呆れながら声を荒げる。なまえさんは「ぼたぼた垂れてる〜」なんて腹を抱えながら呑気に一虎君を指差し笑っていた。


「千冬!なんか拭くもの!床が!」

「何でオレが命令されてんスか!てか店内ではいつ客が来るかわかんねぇから呼び捨てでは呼ぶなって何回も言ってますよね!?」

「虎くん、千冬くん、あんまり騒ぐと解雇だよ〜」

「ちょっとはなまえさんも手伝ってくださいよ!あと店長オレ!」

特徴的な犬歯を覗かせながらでっけぇ声でオレらを見て笑う。その姿はこの目には映らねぇけど、「うるせーからオマエら全員解雇だワ」なんて言いながら、子猫にするように彼女の頭を撫でながらオレたちのことを見ている、その存在をここに確かに感じている。


「千冬くん、ずっとみんなで一緒にいようね」


オレたちは今でも、あの日語った夢の延長線を歩み続けている。



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