大人の三ツ谷隆と



ポトフ、シチュー、おでんにグラタン。大家さんからとっても美味しそうな長ネギをもらったから、肉巻きにしてみるのもありかもしれない。いろんな献立を頭に思い浮かべ、少し冷えた手のひらを擦り合わせハァと息を吐く。もう少しで目的の場所へと到着するという直前、ポケットから小さな音が鳴ったことに気がついて意識をそちらへと移した。

スマホに表示されたのはこの時間には珍しい名前で、そして送られて来ている文章も、これまた珍しいものだった。この時期はどこも仕事は大忙しで、それは会社員だけではなくフリーランスとして活躍している隆にも言えることだ。昨日は遅くまで家に持ち帰ってまで作業をしていたし、今日も休日にも関わらず大詰めの製作を終わらせると意気込み朝から仕事場へと向かっていった。

意外と早く終わり見えたし、今日はもう帰るわ。そう書かれたメッセージにお疲れ様と返信をして、続けて買い物に出ていることを告げる。今日は散歩がてら少し遠くのスーパーまで来ていた。今から買い物をして帰れば、帰宅は隆と同じくらいになるだろうか。それも伝えようともう一度文章を打ち込んで、寒さから逃げるように店内へと駆け込んだ。

入り口付近に貼ってあるチラシでもう一度特売品の確認をする。家を出る前に一度目を通したはずだけれど見逃してしまっていたらしく、今日は卵も安かった。卵は確かもう家にストックがないからせっかくだし買いたいけれど、ここから歩いて帰るとなると結構な荷物になる。買うかどうかは最終判断にしようととりあえず目の前の野菜のコーナーへと足を進めた。

何を作るかをまだ決めていなかったため、再度献立を思案しながら安売りされている白菜を一つ手に取る。それと同時にポンと肩を叩かれて、驚きで買い物かごを大きく揺らしながら後ろを振り返った。

「怪しい者じゃないですよ」
「……隆?なんでここに」
「あそこのホームセンターにちょっと用事あって、帰るってメッセージ送る前にはもうそこいたんだよ。そしたらこっちまで来てるって言うから、探しにきた」
「そうだったんだ。お疲れ様」
「なまえもな。で、今日は何にすんの?」

片手に持った白菜を「オレもこの中じゃソレ選ぶわ」と言い指さした隆に、まだ何を作るかは決めていないことを告げる。彼はうーんとしばらく唸ったあと、「ンじゃたまには鍋とかしねぇ?ゆっくりしたいし」とキョロキョロと辺りを見渡して、水菜の場所を指差しながら「どう?」と提案してきた。

お鍋か。仕事に追われている時は時間がかかるし、なかなか帰宅時間も読めないしで、冬の定番中の定番だけど実はそんなに出来ていない。今日はこのまま隆もゆっくりできるっぽいし良いのではないかと思い、頷きながら一番良さそうな水菜を手にしてカゴの中へと入れる。決まり。そう言って「何入れるかー」ともう一度店内を見渡した隆が自然な流れで私の持っていたカゴを奪っていく。お礼を告げればなんでもないように「いーよ」と返され、白滝たくさん入れようぜと店の奥へと歩いていった。

「牡蠣とかも良いなー」
「白子とかも美味しいかもね」
「せっかくだしどっちも食お」

彼は早速鮮魚コーナーへと足を進めていった。昨日も遅くまで忙しそうで、今日だってきっと疲れているはずなのにその足取りはやけに軽く見える。不思議に思って「なんか、嬉しそうだね?」と聞いてみると、「まぁな」ととびきりの笑顔で返ってきた。

「なまえと外出るの久しぶりじゃん」
「そうだねぇ。最近大変そうだもんね」
「だから柄にもなくはしゃいでんの。な?」
「な?って言われても……ここスーパーだよ」

そんなの関係ねーよと笑いながら、カゴを持たない方の手のひらで私のそれを包み込んだ隆が、「場所がどこだってデートはデートだろ」なんて本当に楽しそうに言うから、その表情に釣られるように小さく声を出して笑ってしまった。

繋がれたそこがしっかりと密着するように力を込めて、自ら指先を絡めてみる。その様子を優しい目で見ていた彼がフッと息を吐くように静かに微笑んで、その手を引きながらさらに店の奥へと進んでいく。

「入り口のチラシに卵安いって書いてあった」
「さすがよく見てるね」

歩きだから買うかどうしようかと迷っていたけど、隆がいるから帰りは車だし買うことにしよう。こんな、少し離れただけのスーパーに二人でいることをデートと呼んでくれる彼に、帰り道は久しぶりのドライブだねと私の方から言ってあげよう。ふふっと声を漏らせば、「すげー楽しそうじゃん。ただのスーパーなのに」と彼が少し揶揄うように肘で突いてきた。

些細な日常のありきたりなことでも、見方を少しだけ変えてみれば、彼と一緒にいるどんな時間も場所も、こんなにも特別なものに変わるのだ。




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