ふたりのその後
「………いつまでそうしてんの」
「ちょっと今考え事をしているので話しかけないでもらって良いですか」
画面を覗き込んで顎に手を当てながら真剣な表情で画面を見つめる。もうだいぶ待ったから飽きた、と制止の声を無視して後ろから長い腕を回しゆるゆると抱きついてくる倫くんは、「もう良いじゃんそんなの」とだるそうな声を出してわたしの肩に顔を埋めた。
「良くない…!倫くんはオタクの心理が全然わかってないよ…!」
「知るかよ」
一体何をそんなに真剣に悩んでいるかというと、販売中の倫くんのユニフォームの、どのサイズを何枚頼むかについてだ。大会にいくと熱心なファンは良く選手個人のユニフォームを着て応援している姿を見かける。まず形から入りたいタイプのわたしは、次の応援に行くまでには絶対にそれを購入すると決めた。
「まずは自分のサイズを一枚」
「うん」
「あと倫くんのサイズを一枚」
「俺?俺のはもう本物があるんだけど」
そりゃそうだ。倫くんは本人なんだから。でもわたしとしては飾っておく用として一枚本人のサイズが欲しいんだ。それを伝えると、試合の時とか以外はほとんど着ないんだから本物飾っておきなよなんてとんでもないことを言い出した。
「だめだよ」
「何で」
「本人がそんな価値を下げるようなことを自分で言わないで!!」
そんなに簡単にファンに見せてはダメだ。ファンサとかもここぞという時にするから価値があるのであって、常日頃から軽くやられてたんじゃ意味がない。
うわ、めんどくせぇ。そんな声が聞こえてきそうなくらいに顔を歪めた倫くんは、勝手に腕を伸ばして「じゃあもう面倒だから全サイズ頼もう」と迷いなく次々とカートへ入れていき、流れるようにカード番号を入力して購入完了画面を見せてきた。
「はい、これで終了。散々待ってあげてたんだから次はちゃんと俺に構って」
そう言いながらわたしの体を持ち上げ器用に回転させ、自身の膝の上へと下ろす。
「俺のオタクになってとか言うくせに、こういうのあんまり待ってくれないんだから」
「推しが目の前で退屈そうにしてんのに無視すんの?」
「わがまま」
「常に俺ファーストでいてね」
「調子乗ってるっていつか炎上するよ」
ぐーっと体重をかけてきた倫くんに抵抗する術なく床に背中を預ける。きゃーと棒読みな声を出しながら覆い被さってきた倫くんの腕を掴んだ。
「ん、わ、ちょっと待ってちょっと待って」
「なんで」
「早いっていろんなことが」
「遅いよ、あんなに待ったじゃん」
ムッとした表情をした倫くんは、拗ねたように唇を尖らせながら私の前髪をそっと指先でかき分ける。視界がパッと明るくなって、至近距離でただでさえよく見える倫くんの顔がさらにクリアになった。
ジッとこちらを射抜くようにこちらを向く瞳は、まるで磁石に引き寄せられたかのように一点を見つめたまま動くことがない。その恐ろしいほどの力強さに耐えられなくてふいっと視線を逸らした。
「前から思ってたけど俺の目苦手?」
「そんなんじゃないけど……」
いっつもそうやって逸らしちゃうんだもんな、と可笑しそうに目を細めて、片手を頬に添えられる。力を込められ無理やりまた彼の方を向かされた。落ち着いた静かな仄明るい二つの瞳が私を捉える。目尻がスウっと細くなって、薄い唇の端に力が入って少しだけ口角が上がった。
どうにかして横を向こうとしてみるけど、添えられた指先には力が込められていてびくともしない。その様子にまたフフッと小さく息を吐いた倫くんは、わたしの唇の隅に小さくキスを落としながら「すぐ反抗しようとする。悪い子」と言ってペロッと一舐めした。
「……なにその目。もっと欲しい?」
「そんなこと言ってない」
「強がらなくていいのに」
「だから、」
続きの言葉を飲み込むように唇を重ねられて、言葉にならない音となって口の端から漏れる。
わがまま。自分勝手。なのに落とされるそのキスはとっても優しい。そのアンバランスで掴みどころのない倫くんにわたしはいつも自分で気がつかないうちに取り込まれてしまって、蟻地獄のように抜け出せない。
「なまえちゃん、今日は何して遊ぼうか」
やっぱりそれが倫くんの魅力で、同時にとても怖いところだ。