陰で光る


もう終わりにしたい。何度思ったかわからない。


「もう辞める。絶対辞める」

「何回目?中学の時から試合の度に毎回毎回言ってるからね」

「今回は本気。本当だから。覚悟決めたし」

「はいはい、それ前々回も言ってたわ」


ものすごい勢いでボールが地面に打ち付けられる音がする。宮城県予選。真夏に行われる全国大会に向けて、練習してきた全てを出し切ろうと誰もが奮闘している。

そしてここにいるということは、私も、もちろんその一人だ。


「男子そろそろ始まるって」

「応援しなくても男子なら勝てるよ」

「そんなこと言わないの。多分そうだと思うけど」


じゃあこのままここにいたって良いじゃん。そう言った私を無視して、友人兼チームメイトは私の腕を掴み引きずるように応援席をぐいぐい進んでいく。

先程まで私たちの応援をしてくれていた人たちが、今度は男子の出番だとワクワクと会場を見渡している。代表決定戦ともなれば学校を挙げてかなりの大人数が応援に駆けつけてくれるが、今日はまだその日ではないのであの規模に比べれば少数だ。それでも他の学校よりはだいぶ多いと思うけれど。

ぞろぞろとコートに入ってきた我が校の男子バレーボール部員たち。県内最強のチームである。

やっぱ貫禄あるよなぁ、体育館内で姿見るだけでなんだか怖いし。なんて思うけど、いつも教室でのらりくらりと適当な会話を交わしている川西はいつもとあまり変わらない印象だった。


「負けた後くらいしんみりさせてほしいよー」


駄々をこねるように言った私の言葉に、友人は「それはそう」と同意を示しながらスマホを弄る。

そう、私たちはつい先程負けた。相手は新山女子だった。もう何度も対戦してきた学校だ。いつもはもっと後半に当たるのに、今回は組み合わせの関係で序盤で当たってしまった。

白鳥沢のバレー部といえば男子だ。女子は、そこまで有名ではない。弱小というほどではないと思う。そこそこ良いところまでは行く。けれど、決して表彰台には登れない。

試合が始まって、あっという間に一セット目が終わってしまった。相手校が可哀想に思えてしまうくらいに圧倒的な差をつけている。その様子を応援もそこそこにぼーっと眺めていた。

私だって、もっとたくさんコートに立ちたい。


「牛島先輩みたいに強くなれたらな」

「はい出ました」


もう聞き飽きたとでも言うように友人が呆れた声を出した。私がこの話をするのも、大会終わりの恒例行事だった。


「中学の時からあんたはずーっとそればっかり」

「うん」


だって、かっこいいじゃん。強くて、誰もが注目をして、いつまでもコートの中にいて。そしてきっと私みたいにもう辞めたいなんて思わないんだろう。


「……牛島先輩みたいになりたい」

「なってちょうだいよ早く。そしたら新山女子にも勝てちゃうかも」


こんな話をしている間にいつの間にか二セット目も後半だった。本当にあっという間に勝ってしまいそうだ。

いいな、すごいな。かっこいい。私もあんな風にバレーがしたい。してみたい。してみたいけど、どんなに頑張ってもああはなれない。わかっている。だから、もう辞めたい。

力強く地面を蹴り高く高く舞い上がった体は、本当にまだ高校生なのかと疑うほどに鍛え上げられていて、その体格からは想像できないしなやかさで身体が大きく反る。そして、バネのような早さで振り下ろされた腕から大砲のような強打が繰り出されるのだ。体育館に地鳴りのような音が響いた。今だけは、この会場内の誰もがこのコートに視線を向ける。


「偉いよねあんたは、毎回毎回そうやって悔しがれて」


一人残らず満点をつけるだろう、文句なしの綺麗な一撃。牛島先輩のその一点で白鳥沢の男子バレー部はまた次へと進める切符をあっさりと手にした。


「ティッシュちょうだい」

「毎回そうなるんだから自分で持ってこいって」


そう言いながらもしっかりと手渡されたポケットティッシュをいつものように遠慮なく使う。いつの間にか流れていた涙でぐちゃぐちゃになった顔はきっと酷いものだろう。友達はただ一言「うわ、やばい顔」とこぼし、また私の手を引いて「次の学校の人たちが来るから早く行くよ」と体育館の出口を目指した。


「牛島先輩みたいになりたい」

「なれるならみんななりたいって。てか同じポジションだしあんた以上に私もなりたいと思ってるわ」

「なってよ」

「簡単に言うなー。難しいのは自分が一番よくわかってるくせに」


勝ったら嬉しい。負けたら悔しい。少しでも多くコートに立ちたい。強豪ではなくたって、牛島先輩みたいな強さがなくたって、私たちだってそう思う。


「頑張ろうね、バレー」

「辞めるって言ってたじゃんさっきまで」

「本当に辞められるんだったら辞めたいよ」


でも辞められないから、やるしかないのだ。


「てかあんたセッターなんだから白布のこと見なよ」


笑った友人の顔は切り替えたようにスッキリとしていた。負けて終わろうがどうなろうが、彼女もまた私と同じように明日からも変わらずバレーの練習をする。

牛島先輩みたいな強さや競技での将来なんて道がなくても、こんな私たちでもバレーのことが大好きだから離れられない。

牛島先輩みたいになりたい。なれない。ならもう辞めたい。でも、バレーからは離れたくないし離れられない。強豪と名高い同じ高校の男子部の陰に隠れてしまっても、止まることはできない。

辞めたいと好きの矛盾した感情を常に抱え続けながら、私たちはきっと明日も明後日も、同じ敷地内の、男子とは違う体育館で、同じボールを追いかけ続ける。


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