キラキラ、ピカピカ。まるで夢のようなふわふわした心でライトに照らされて光り輝く彼を見つめる。ステージで舞うように踊る彼はとっても素敵で、誰よりも眩しく見えた。

周りの女の子たちがカラフルなペンライトを振って綺麗な波を作り出す。そんな光の渦の中に立って、一人胸の前に掲げたピンク色のペンライトをギュッと握りしめる。

大好きな彼が甘酸っぱい言葉を観客へと投げかける。それはみんなに向けられた言葉で、決してわたしだけに向けられている言葉じゃない。それがなんだか悔しくて、ちょっとだけ寂しくなった。わたしはりんくんだけを見てるのにどうしてりんくんはこっちを見てくれないの?なんて少し泣きそうになりながら、ひらりひらりと舞う彼の衣装の長い裾を目で追った。

リアコとかガチ恋とかいろんな呼び方があるけれど、相手がアイドルだって恋は恋なのだ。この感情が一般的なそれと同等なのかはわからない。だけどわたしがりんくんに感じるこの気持ちが恋じゃなかったら、一体なんて名前を付ければいいんだろう。わからないや。

最前列のドセンター。この会場にいるたくさんの女の子の中でわたしが一番近くにいるはずなのにね。届いて欲しい想いは届かない。こんな気持ちを抱くなんて馬鹿だなって思うけど、抜け出せないんだから仕方がない。

幸せなはずの空間でなんでこんなに拗らせちゃったんだろうなんて考えながら、ついに右目からこぼれ落ちてしまった涙をそっと拭う。その瞬間わたしの目の前でクルッと華麗にターンを決めたりんくんが一瞬だけこっちを向いて、右手の指でハートを作った。それは一瞬の出来事で、たった1秒にも満たない時間だった。それでもわたしの目を見てそのポーズをくれた彼に舞い上がりながら、周りの女の子たちにバレないようにそっと小さく胸の前で手を振った。

それを見たりんくんは自然な動作でダンス中にさりげなく小さく振り返してくれた。こっちは見てない。視線はわたしの居る位置よりもずっとずっと奥を見てる。でも手はこっちを向いている。あからさまな反応は他の女の子の反感を買うから。バレないように秘密のやりとり。こっちに向けて返してくれたメッセージを、わたしはちゃんと受け取ったよ。

キャーキャーと声が響き渡る。たくさんの声が彼の名前を呼ぶ。他のメンバー推しらしい隣の女の子は涙を浮かべながら暗くなったステージを見つめていた。夢の終わり。この時間が嫌い。だけど、人の流れに乗って会場を出る瞬間に震えたスマホに届いたメッセージを見たら一瞬で暗い気持ちも吹き飛んじゃう。『隣駅で待ってる、いつもの場所ね』。周りの子たちに見られないように鞄の中にスマホを隠しながら、『わかった、きょうもかっこよかったよ』と返信を打った。

駅のお手洗いで少しよれてしまったメイクを直して前髪を整える。彼が好きだって言ってた香りのオーデトワレを振り直して、くるくるに巻いた髪の毛をふわっと持ち上げた。塗り直したグロスを確認して指定された場所に行く。少し時間を置いたあとに「お待たせ」なんて言いながら帽子やマスクで姿を隠した彼がやってきた。


「りんくん、お疲れさま」

「今日もありがとう。ちゃんと見えてたよ」

「ほんと?」

「泣いちゃってたから心配になっちゃった」

「でもりんくんがちゃんと見ててくれたから、もう大丈夫だよ」

「うん、良かった」


彼とわたしの秘密。繋がりなんて言い方をしたらわかりやすいかもしれない。いつだったかライブ会場の周りをふらついていたら偶然出会った。いつも最前列付近にいたわたしを、りんくんはちゃんと覚えてくれていた。認知されてるだけでも嬉しかったのに、連絡先を交換してもらえた。それからこうやって会いたいと言ってくれる彼に、わたしはこっそり会いにいくのだ。

キラキラの衣装はもう着てない。ピカピカのライトに照らされているわけでもない。高いステージじゃなくて、同じ場所に立ってる。アイドルの姿ではない普通の男の子のりんくんが、わたしに手を差し出した。

その手を取って歩きだした。怪しいネオンに照らされた、夜の街に溶けるように。


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「今日なんかいつもと雰囲気違う」

「気がついた?さすが倫くん、だいすき」


今日は普段とは少し違うアイシャドウを使って大人っぽく仕上げてみた。いつものわたしは俗に言う地雷メイクというやつだけど今日はちょっとチャイボーグっぽい。昨日発表されたりんくん達の新曲がチャイナ風の衣装で、それがすっごくすっごく格好よかったから影響されたのだ。もっと上手く出来るようになったらこのメイクで現場にいきたい。

倫くんに「どう?似合ってるかなぁ」と問いかければ「うん、いつものもいいけどこっちも良い。俺はどっちのなまえちゃんも好み」と優しく笑いかけてくれた。

倫くんはわたしを指名してくれるお客さんで、この店の常連さんだ。知る人ぞ知る場所にあるこの店はガラの悪いお客さんはそんなに来ない。見つけにくい場所にあるので新規のお客さんも多くなくて、リピーターのお客さんでほとんど回っている。そのお客さん達もマスターのツテやお客さん同士の紹介で来た人ばかりで、ごくごく普通のガールズバーにしてはなかなかお金を持った落ち着いた人が多いのだ。

そんな中では珍しいお客さんが倫くん。何をしているのかは教えてくれない。年齢は二十代らしい。本名も一番最初にチラッと言ってくれただけで一度では覚えられなくて、それから何回聞いても二度目は教えてくれなかった。初日から倫くんとは呼び続けていたので、その倫くん呼びじゃダメなの?なんて言われてしまえばこちらからはそれ以上は強くは出れなかった。


「倫くん最近忙しいの?あんまり来ないね」

「ちょっと仕事が立て込んでてね」

「そっか、寂しいなぁ」

「俺もだよ」


倫くんはこう言っちゃ悪いけど変な人だなぁと思う。普通はこちらが相手の気分を盛り上げるために優しくて可愛い言葉を投げかけて相手を楽しませるのがお仕事なのに、倫くんはそれにもさらに返してくれる。見た目からは全然想像できない。そんな雰囲気はないのに、口から出る言葉はわたしがよく知っているステージの上の人達みたいな、そんな言葉をポンポンと言うのだ。

素性も謎なら人柄も謎。それでも毎回ここに来てはわたしを指名してくれて、ただ喋るだけ喋って帰っちゃうようなお客さんとは違ってドリンクだってくれるし、わたしが好きそうなものをちゃんと把握して差し入れもたまにくれるのだ。若くてかっこよくて優しくて、こんなに良いお客さんが好いてくれるなんて羨ましいと他の女の子にはよく羨ましがられる。わたしもラッキーだと思う。


「へぇ、そのりんくんって奴、俺も見てみたいな」


倫くんは今日もカラカラとグラスを回しながらわたしの話を聞いてくれる。普通なら一緒にお話をしたり、わたしがお客さんのお話を聞いたりしてあげる立場なのに。倫くんは自分は話すの得意じゃないし、面白い話題もないからっていつもわたしの話を聞きたがる。

わたしもそんなに面白く話が出来る自信はあんまりないのだけれど、追いかけているアイドルの事とか、最近ハマっているドラマとか、気になってるもののことを話すととても楽しそうに聞いてくれるのだ。倫くんが聞き上手なせいで、それでついついこっちが楽しくなってしまう。本当ならわたしが倫くんのことを楽しませてあげなきゃいけないのに。


「倫くんってさ、ダメな女の子とかに好かれそうだよね」

「え?いきなり酷いな」

「倫くん優しいから、変な女の子引き寄せちゃいそう」

「それはちょっと当たってるかもね」

「でしょ?大変そう。変なのに引っ掛からないでね」

「気をつけるよ」


長い指をそっと伸ばして、空いている席に置いていた上着のポケットから財布を取り出した。もうそんな時間かと思いながら料金を告げる。お金を渡してくるその手はスラッとしていて、なのに結構体格が良い。鍛えているの?と前に聞いたら、まぁそんなとこと曖昧な言葉が返ってきたのも覚えている。立ち上がったその背はとても高くて、わたしはヒールを履いているのに倫くんの肩に頭のてっぺんがやっと届くくらいだ。


「今日はありがとう、また来てね」

「もう少ししたら時間作れるようになるから、そしたら今度は同伴しよ」

「え、ほんと?嬉しい。待ってるね。毎日LINEするね」

「よろしく、バイバイ」


エレベーターの扉が閉まるまで手を振り続けた。これはお店の決まり。扉が閉じてエレベーターが下の階へ行くのを見届けて、ふぅと息を吐く。さすがにこの薄着じゃ外ではないとはいえここは寒いな。駆け足で廊下を進んで、お店のドアを開けた。マスターに「なまえちゃん、次はこの方について」と指示を出されて、わたしはまた次のお客さんの前に立つのだ。

たくさんいるお客さんの中の一人で、不思議で、印象的。倫くんはそんな人。



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