06
夏休みが始まって、稲荷崎高校男子バレーボール部はIHを準優勝という好成績を残した。優勝を逃したことに侑くんはとても悔しがっていたけど、何もできないこちら側からするととても素晴らしい成績だと思う。それでも選手たちは悔しいはずだからそれは伝えなかったけれど。
IHの次は冬に行われる春高バレーへ向けての練習が始まる。3年生の、本当に最後の試合になる。普段よりも力が入っているみんなを見て、私も足を引っ張らないようにマネージャー業に励んでいる。
いきなり合宿だと流石にキツイのではとみんなが心配してくれた結果、慣れるために合宿の一週間前から部活動に参加させてもらっている。
「お疲れさん。今やってるメニューひと段落したら休憩なるから、色出も様子見て戻ってき」
「わかりました!」
北先輩は侑くんたちの話す内容のせいですごく怖いイメージで塗り固められていたけれど、実際にはそんなことはなかった。確かにすごいしっかりしてるし、厳しくはあるけど、こちらがちゃんとしていればとても優しくしてくれる。
「滝川も、ずっと外おるやろ。ちゃんと休憩するんやで」
「わかっとる!ありがとう」
自分も練習で忙しいのに周りのことをよく見ていてすごいなぁと思いながら、残りの仕事を片付けてすえ先輩と体育館へ戻る。丁度よく練習も一段落したらしく、「あぢー」と倒れそうな声を出しながら扉を開けた宮兄弟と鉢合わせた。
「暑い死ぬ」
「腹減った死ぬ」
風の通る扉の付近に2人してゴロンと大の字に寝転がる。同じような体制で同じように唸っている2人を面白そうにカメラに収める角名くん達を見ながら、疲れて死にそうなことはないのかなぁと少しの疑問を抱く。すごいな、男の子は。
「色出さんもだいぶ慣れてきたね。最初は倒れそうでちょっと心配だったけど」
「お陰様でね。角名くんたちもホントに倒れないようにね、すごい暑いし」
「うん、気をつけてる。…あ、髪、食べてるよ」
じわじわとかいていた汗のせいで頬に張り付いた横の髪が口元に張り付いているらしい。自分の口元を指差して教えてくれる角名くんに、ありがとうと言いながら髪を取ろうとするがなかなか取れない。
「違う違う、反対側」
「あっ反対か」
「こっちや、色出さんも意外と結構鈍臭いな」
スッと手が伸びてきてハラハラと頬にくっついていた髪を払ってくれたのは治くん。先ほどまで侑くんと寝転がっていたのに、いつの間にか起き上がったみたいだ。
それにしても、この炎天下の中でタオルでこまめに拭いているとは言え顔にも汗をかいている。それを触られるのはなんだかとても恥ずかしいし申し訳ない。
「ありがとう、ごめん汗かいてるのに」
「俺らに比べればこれっぽっちやん」
「そ、そうだけど!」
「乙女心ってやつだよ治」
「ほんまか、これがか。大変やなオトメゴコロっちゅーやつは」
治くんの反応からして、たぶんただ純粋に髪を払ってくれたのだというのがわかるので余計に恥ずかしい。理由があって触られるのは私もそこまでは思わないけど、それでも自分でもよくわからないような恥ずかしさが込み上げててどもってしまう。
「にしても色出さん顔ちっさ、片手で掴めてしまうやん」
そういうとバレーボールを下から支えるような感じで私の顎をガッと掴む治くん。
「え、え、なに」
「サーブとか打ったら砕け散りそう」
「え!?」
さすがに物騒じゃない?とか、もっと他の何かないの?とか普段なら言い返すと思うけど、今はそんなことには頭が回らない。
混乱したまま視線だけを動かすと、少し先で不安げに見守る銀島くんと、笑いを堪えながら口元を押さえる角名くんと、寝転がりながら視線だけをこちらに向けて呆れた顔をする侑くんが目に入った。
「お、治くん?みんな見てるから…」
「ふにふにしとって餅みたい」
あーダメや、腹減ってきた〜。そういうとまたその場に大の字で寝転がる治くん。そのまま目をつぶって休憩中は睡眠をする選択を取ったらしい。
え、私のこのドキドキはどうすればいいの。ふにふにってなに?太ってるってこと?汗かいててやばいのに。男女の友達のボディタッチってこのくらいするものなの?
ぐるぐる。まさにその言葉が似合うように私の頭は絶えず回転しているのに。何も考えてませんというように寝転がってスヤスヤと息をし始める治くん。そんな彼から視線を外せなくなった。
前から大きいとは思っていたけど、想像していた以上に手が大きかった。硬そうなのに、意外にも柔らかくて、不思議な感触だった。少し骨太の指に触れた箇所が熱い。
「色出さん顔真っ赤や、大丈夫か?」
「治ほんと面白い、サイコー」
「最悪や!ただでさえ暑くて死にそうなんやぞ!?これ以上は求めてへん!」
「色出さん、これから頑張ってね」
笑いが全く堪え切れてない角名くんにそう言われる。これからもこんなことが起こってしまうの?治くんはある程度仲良くなったらパーソナルスペースが一気に縮むタイプなのだろうか…さらに混乱した私はそのまますえ先輩の方へと逃げた。
「すえ先輩〜」
「ん、え、どうした?」
「もう治くん何考えてるかわからないです」
「あ〜、あの子は私にもわからへんなぁ」
まだだ。まだ熱い。全然引いてくれないこの熱が何なのか。今の私はただ混乱するだけで、まだ知ろうともしなかった。