05
テストも終わり、治くんも侑くんも赤点を乗り越えて無事に合宿に参加できるようだ。夏休みも目前に迫った7月半ば、テスト明けでやっと部活が再開される喜びを全身で表す侑くんと、それを鬱陶しそうに見る角名くんと、そんな角名くんの横でぐでんと机に溶けている治くんがいる。侑くんに引っ張られてわざわざここまできた銀島くんは、呆れたような顔で侑くんをみている。
「バレー出来るようになるんは最高やけど、色出さんのおにぎり食べれなくなるのは最悪や」
早く部活に行こうと張り切っている侑くんは、伸びている治くんは目に入らないとでもいうように赤点回避の点数報告だけをし、銀島くんを引っ張りながら教室を颯爽と出ていく。それに続いて角名くんも立ち上がると、治くんの首根っこを掴んでグイっと引っ張り上げた。
「馬鹿なこと言ってないで、早く行こ」
「色出さん〜、またおにぎり作ってな」
「おにぎりくらいいつでも握るよ」
「ほんま!?一気にやる気出てきた」
先ほどとは打って変わってルンルンと音符が飛ぶような表情を浮かべる治くんを見て、「色出さんも、甘やかさないでいいんだからね」と角名くんに言われる。甘やかしているつもりはないけど、幸ちゃんにもそのようなことを度々言われるし、私は治くんに甘いんだろう。
今日も治くんたちを見送って1人教室に残る。今日は幸ちゃんもバイトで授業が終わると同時に教室を出て行ってしまった。家に帰っても特にやることもないので図書室へといく。
特に読みたい本もないのでフラフラと本を眺めながら歩いていると、料理の本が並んでいるコーナーを見つけた。その中のたくさんのおにぎりが載っている本を手に取ってパラパラとめくる。
私が作るおにぎりは三角に握ったお米に塩を振りまいて、最後に海苔で包んだ極普通のおにぎりだ。具材も特に凝ったものは使用せず、鮭とか梅干しとか極々一般的なものだった。本の中にはたくさんの作り方や種類があって、そのどれもが家庭的で今すぐにでも実践できそうなものだ。
治くんはいつも私の握るとても普通のおにぎりをあんなに幸せそうに食べてくれる。どうせならたまには変わったものを作ってみようと思い参考にこの本を借りることにした。
本を借りてカバンを置いていた席に戻ると、置いてあったスマホに通知が届いている。3分ほど前に届いていたそのメッセージの送り主は治くんで、『色出さんもう帰った?』というものだった。何かあったのかと折り返し返信をするがなかなか既読はつかない。もう部活も始まっている時間だし、返信を待つよりも部活に顔を出してみるほうが早いかなと思い席を立つ。
相変わらずギャラリーで溢れている体育館にたどり着くと、そこには部活を一時中断して体育館の隅に円になって座り込むバレー部がいた。ミーティングっぽいものをしているし今は声をかけるべきじゃないかもしれないと扉の付近に立っていると、主将の北先輩と目が合う。
「色出さん」
「あ、はい!お久しぶりです」
「久しぶり、ちょおこっち来てくれるか」
まさかの人物に呼ばれてしまったため、びっくりしながらも靴を脱いで体育館へと足を踏み入れる。少しザワつくギャラリーに若干怯えながらも輪に近づくと、こっちこっちと手で合図をされたため北先輩の隣へと向かう。
北先輩の隣、すなわち座っている部員たちに囲まれるようにして見られるということになる。さすがの私もこれは一体どういう状況なのかが飲み込めなくて、戸惑いながら北先輩の方を見ると「周りくどいのは面倒やから、端的に伝えるんやけど」と前置きをした。
「夏休みにある合宿中、臨時のマネージャーやってくれんか」
北先輩の口から出たのはそんな言葉で、うまく理解がしきれない私は目をパチパチとさせて驚くしかなかった。
「…え、私がですか!?」
「おん、今年は新しくマネージャーが入らんかったから人数が足りん。無理にとは言わんのやけど」
「え、でも、全然経験のない私に務まるのか…」
「滝川もおるし、どうやろか?」
現在バレー部唯一のマネージャーの滝川先輩の方を見ると、「色出さん、お願い!主な仕事は私がやるし、簡単なもの頼む形にするから!」と頭を下げられてしまう。
「夏休みの予定も特にないので、私に出来るのであれば…」
我ながら押しに弱い。本当にそう思う。
そうと決まれば日程はこれで場所はここで、とテキパキと北先輩に説明される。他の部員の人たちはマネージャー問題が解決したのに安心したのか、散り散りに練習場所へと立ち去っていく。
その他の詳細については俺と滝川であとで連絡するから。と、説明を終えた北先輩まで行ってしまった。
「色出さん、わからないことあったら何でも私に聞いてくれていいし!一緒に頑張ってこ!」
「はい、よろしくお願いします!」
本当に急に決まってしまったことだけど、1人ではないというのは心強い。滝川先輩も臨時だとしても後輩のマネージャーが出来ることが嬉しいらしく楽しみにしてくれているようだ。
「マネージャー候補あげるときにね、他の三年生を誘うのは受験とかもあるし難しいから、二年生で誰かいい人はいないかってなったんよ。そのときに、治くんが色出さんの名前即答してね」
「治くんが?」
「角名くんも侑くんも銀島くんも同意してたし、何よりあの宮兄弟のテスト勉強見てくれてた子だって話聞いたら信介も乗り気になってさ」
「ええ…本当に見てただけで特に何もしてないんですけど」
「いや、まずあの宮兄弟を従わせてるのが凄いことやから」
「従わせてる…んですかね…」
「私も後輩マネが来てくれて本当に嬉しいし!楽なことばっかやないけど、これからよろしくね」
「はい!」
予想してなかった事態にびっくりする。だけど今は不安よりも、今年の夏はいつもより楽しそうだとワクワクする気持ちが大きい。
まずは私が参加する練習が始まる前に、学校の授業でしか習ってないバレーボールのルールとか、基礎知識くらいは頭に入れておけるよう頑張って勉強しよう。