03 




「腹減った〜」


治くんに忘れ物をとどけてから数日。あれから毎日のように何かしらのお菓子を持っていっていることを治くんに知られた私は、何かと食糧の頼りにされている。


「今日は何か持ってないん?」

「ずいぶん懐かれたね色出さんも」

「コンビニ寄ったら新作のチョコがあってね、気になったから一緒に食べよ」

「ほんま最高や色出さん!」

「懐かれてるというよりたかられてるのほうが正しそうだな」


隣の席の角名くんが、私たちを見ながらそんなことを言うもんだから笑ってしまった。確かにたかられているような気がしなくもないけれど、これは私が好きでやってることなので何も問題はない。


「角名にはやらんで」

「今は甘ものの気分じゃないからいいよ」


治くんはパクパクとチョコレートを食べながら、いつも食べるのもめっちゃ好きやけどこの新作もクセになるわぁと目を輝かせている。

私はこの表情が好きだ。

この表情が見たくて、わざわざ毎日お菓子を持ってきては治くんにあげている。キラキラ、キラキラ。食べ物を前に絶えず輝き続ける治くんの目は、普段の少し気怠げに伏せられがちな目からは想像できないような光を持っている。

食べ物を手にとり笑顔で口に入れる。入れた後に少しだけ目が細められて、噛み締めるようにうまぁ〜という声を発しながら笑う彼に釘付けになる。


「本当に食べてる時の治くんは見てて飽きないなぁ」


釣られてこっちまでお腹が空いてきてつい食べてしまう。いけないと思いながらも、ついついお菓子に私も手が伸びてしまうのは何だか治くんの魔法にかかったみたいな気分になる。そんな放課後部活前のこの少しの時間が好きだ。


「そんな目で見られる食べ物も幸せだねぇ」

「薄々感づいてたけど色出さんもちょっとヘンな人だよね」

「酷いなぁ角名くんは」


いつものように時間が来て、2人は部活へと駆けていく。するとこれもまたいつものように入れ違いにして幸ちゃんがやってくる。


「あんたも物好きやなぁ」

「そうかな〜、あの目見ちゃうとみんな幸せになれそうじゃない?」

「まぁ確かに、嫌な気分にはならへんわな」


それにしても宮治か〜、と幸ちゃんは頬杖をついてボソっと呟く。何が?と聞いてもいや、ええわ今は。と軽くあしらわれてしまうので深くは追求しないことにした。


「あのしのぶいわく幸せそうな目、食べ物じゃなくて自分に向けられたら、それこそめっちゃ幸せじゃないん?」

「え、それって自分が食べ物になれってこと?」


なんかグロくてちょっと嫌だなそれは…と顔を歪めると、「そういうことでは無いんやけど…やっぱ今はまだええわ」と諦めたように幸ちゃんは笑った。


「案外あの目向けるの、食べ物だけじゃ無いかもしれへんよ?」

「どういうこと?」

「宮のこともっとよく見てみたら〜」


じゃあ私バイトだから、またな。そう言って手を振ると荷物を持って幸ちゃんは教室を出て行った。幸ちゃんのよくわからない言葉とともに教室に残された私は、もう一度その意味を考えてみるけれどやっぱりよくわからない。

食べ物以外に、治くんがあの目を向ける対象があるのか。


――――――――――――


「しのぶ!今回は俺の勉強も見ろや!」

「見てくださいやろ相変わらずポンコツやな」


あの幸ちゃんとの会話から一ヶ月。何事もなかったように、というかあの時の会話をほぼ思い出すこともなく、私はいつも通り治くんに毎日のようにお菓子をあげたりして過ごした。

治くんとこのような関係になるきっかけだった5月の中間テストから時が経ち、今度は一学期の期末テストがある。


「色出さん、また俺の勉強も見てください!」

「サムのは見んくてもええから俺の見てください!」

「ふざけんなやマジで帰れ」

「お前の方が帰れや!俺としのぶは去年からの仲やぞ!」

「そんなしょーもないマウント取るんか。ちっさい男やな米粒くらいの器しかないんか」


ギャーギャーと、こちらが口出しをする間もなく展開されるもはや稲荷崎高校名物でもある宮兄弟の喧嘩。先程先生に雑用で呼び出されてしまっているため現在角名くんは不在だ。

後ろを向いて幸ちゃんに助けを求めるが、目が合うと巻き込むなとでも言うような怪訝な表情を浮かべてシッシッと手を払われる。まったく酷い友達だ。ふぅと短い息を吐いて、まだ目の前で言い合いをしている宮兄弟へと割り込む決意をする。


「勉強、見てあげてもいいよ」

「「ホンマか!?」」

「うん、でも、喧嘩したら中止します」


私もテスト勉強しなきゃだしね。そういうとウッと引きつった顔をしながらピシッと体を正す2人。その動作も表情も全てが同じで、双子ってすごいなぁとなんだか笑えた。

じゃ!明日またここで!っと叫びながら今日も部活へと駆けていく2人を見送って、明日はお菓子じゃなくてお腹にたまるようにおにぎりかなぁと考える。自分でも気づかないうちに、自然と笑みが溢れた。




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